(明日が来るたび、今日に恋した) 



 外部の出入口を封鎖している旨を知らされて、半刻。来訪者が極端に減り、暇潰しになるようなものもなく、ぼんやり微睡みながら時間を過ごしていた女のもとへ、歩み寄る影があった。


「……またいらしたんですか。随分とお暇なようで」

「君に会いたくてね」


 誰が聴いても棘のある物言いにも、男は動じることなく、むしろ嘘ですと胸を張って口にしているような言葉を告げた。その温度に、女は吐き気さえ感じる。


「それは、どうも。ところで、今は関係者以外立ち入り禁止のはずですが?」

「君の噂が精霊邸内に広まっている。それに乗せられてふざけ半分でここへ来る死神をなくしたいそうだ。まあ、それはそれで僕としては非常に助かるのだけれど、」

「そうではありません。それでもなぜあなたがここにいるのかと問うているのです」


 さっさと答えろと言わんばかりの強い口調である。けれど、仕方ない。女は急いていた。彼女はずっとずっと昔からこの男を殺したいほど憎んでいたし、一時だって一緒にいたくはなかったのだ。この男の声は、まるで一生消えない呪いのように、耳の奥に取り付いて離れない。「僕の斬魄刀の能力は知っているだろう?」答える男の声音は、自信に満ち溢れていた。それが何の自信かは、もう理解しているつもりだった。女以外の人間は皆、この男が看守だと信じて疑わないのだろう。馬鹿馬鹿しいと思う人はいるかもしれない。事実だ。


「何せこの斬魄刀のせいで、君は牢獄に入っているのだから」


 この上なくわざとらしい挑発を、女は最早滑稽だと嗤う。自分はどこまでこの男になめられているのか。男の腰に差された刀を見遣りながら、嘆息した。


「何の御用で?」

「君には一番に知らせてあげようと思ってね。また一人、殺したよ」


 空気が一瞬のうちに丸ごと入れ替わったようで、女は思わず息を呑んだ。この牢獄の中では、檻の外中関係なく、霊圧は出せないはずなのだ。だとしたら、この身が痺れるような威圧感は、霊圧ではなくて。"殺したよ"と躊躇なく発された言葉は、それこそ"遊びに行ったよ"程度の重みしか持ってはいない。この男にとっては、他人を殺すことなど何の感慨もない日常行為なのだ。目覚め、食事を取り、執務をこなし、必要があればその誰かを殺し、眠る。


「ばけ、もの……!」

「ありがとう、褒め言葉だな」


 ぎりりと歯を食いしばって、大きな音を立てて檻へとぶつかるように身を寄せると、女は、檻の外側の男へ手を伸ばした。薄い着物の袖がだらしなく垂れる。男の襟を掴んだ右手が、灯りに照らされて不気味に白く光るのを見た。

 殺したいほど憎んでいたのは事実。それでも、殺してやりたいと本気で思ったことはない。彼は最早隊長である。隊の中には、彼がそれはもうご丁寧に作り上げた仮面に、見事に心酔している者もいるだろう。頼れる隊長として尊敬している者もいるだろう。世の中は、たとえそれがどんなに害悪なものでも、壊せば万事解決というわけにはいかないのだ。

 一言謝ってくれれば、それでいい。それでいいのだ。それならば隊長として慕われた、実力も兼ね備えた彼の代わりに罪を認めることだってやぶさかではない。なのに。


「何も分かってなどいない。誰も彼も、君もまた」


 強い力で着物を掴む手を振り払い、男は踵を返す。その一切容赦のない手つきが、いっそ心地好かった。涙が音も無く頬を伝い落ちていく、その冷たさを感じながら、女は固く目を閉じる。唇を結ぶ。太陽の恩恵を受け取ることのできない地下牢獄であるから、その空気はいつだって冷えている。肺を満たした酸素が指先まで冷却していくのを、彼女はしばらく感じていた。他の囚人たちは深く眠っている。男たちの寝息は、確かな生命の兆しを携えて、女の耳を癒した。

 女はまだ目を閉じている。膝の上で拳を握り締めながら、ただ終わるはずのない夜が明けることを、彼女はただ只管に祈っていた。



明日が来るたび、今日に恋した


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