(暗夜を彷徨う衛星のSOS) 地下牢獄は変わらず陰惨な空気が漂っている。どこかで、ねずみの間抜けた鳴き声を聞いた。こんな場所で何十年も生きてきた彼女の声や身体が、まだ地上で生きている普通の女のものとさして変わらないことに、市丸は驚愕せざるを得なかった。 「信じていただけますか?」 なまえは不安げに首を傾げる。信じるも信じないも、そもそもそれが偽りだと四十六室によって判断されたからこそ、彼女はここにいるのだ。今この状況において、それこそ普通の死神であれば、彼女を信じることなどあり得なかっただろう。しかし、市丸はただ一人、過去に濡れ衣を着せられ尸魂界を追放された死神を知っていた。どんなに素晴らしい知恵を持った者が裁定したとしても、そこに誤審の余地があることを、彼は知っていた。 ありもしない罪を被せられ、無実を主張しながらも誰からも信じられず、そうして彼女はこの狭い世界の中で泣いてきたのだろうか。彼の副官が護廷に入る前、それほど昔から、ずっと。 「しゃあないな、信じるわ」 特徴的な銀髪を掻きながら、市丸は言う。おいおい泣いて喜ぶかと思ったが、むしろなまえは驚いているようで、ぽかんと口を開けて黙ってしまった。自分で言ってみたものの、まさか本当に信じてもらえるとは思っていなかったらしい。その表情はなんだか可笑しくて、可愛らしかったのだけれど。 「あの、信じるんですか? 本当に? 罪人の言うことですよ」 「せやから、罪人やないんやろ?」 不器用な女だと思うのだ。そもそも、罪などさっさと認めてしまった方が刑期も短縮される。それにもかかわらず、投獄されて尚無実を叫ぶのは、余程の馬鹿か、本当の無実か、どちらかだ。その立ち回りの下手くそな生真面目さが、市丸は好きだった。 しかし、彼にできるのは信じることだけだ。"きっといつかここから出してやる"。そんな不透明で儚い夢を、安易に見せることなどできない。希望が崩れ去るときというのは、案外希望が存在しないときよりも絶望的なのだから。 「んで、なんで捕まっとんの? ……ああ、違うて、なんの罪被らされてん?」 「仲間を、殺したと」 「仲間、……護廷の隊士ゆうことか」 こくり、頷く。仲間殺しは重い罪だ。刑期だけならともかく、周りからの評判ががたりと落ちる。いや、落ちるだけで済めば、まだましな方だろう。人の噂というのは、ある意味では課せられる実刑よりもたちが悪い。「それって、」と更に詳しく聞き出そうとした市丸の言葉は、しかしそのとき、階段を駆け下りてくる慌ただしげな足音に遮られた。 「ギン〜! ちょっと来て、来て!」 「乱菊? 何しとんの、こないなとこで」 「いいから、来て!」 姿を現したのは、市丸の幼馴染の、松本乱菊である。有無を言わさぬ様子で市丸の腕を掴んだ彼女は、牢屋の向こう側で目を白黒させているなまえにむかって、「ごめんなさいなまえさん、ちょっとこいつ借りるわね」と断って、また忙しなく階段を駆け上がろうとする。引き摺られるばかりの市丸が、苦笑しているなまえにむかって叫んだ。 「なまえちゃん、堪忍な! また来るから!」 ひらりひらりと振られた手のひらは、やはり不健康に白い。なまえの唇が何かの言葉を紡いだのを市丸は見たが、それが何を意味していたのかを解することはできなかった。 暗夜を彷徨う衛星のSOS prev / next [ back to top ] |