(極刑、即ち楽園行き) 



「最近、私って有名なんですか? こんな短期間に隊長が二人もいらっしゃるだなんて」


 女の声は、酷く掠れていた。こんな地下深くに独りで、あまり喋っていないせいだろう。「せやね」と頷いてから、市丸は吉良に下がるよう指示した。ここまで同行してくれたことには感謝していたので、おおきに、と口の形だけで告げたら、吉良は少し照れ臭そうな笑みを浮かべてから、一礼して去って行った。階段を登る足音が、遠ざかっていく。市丸は格子の前に腰を下ろすと、それが完全に聞こえなくなるまで黙ってその音を聞いていた。"魔物"も彼に倣う。

 やがて静寂が訪れる。二人の沈黙を先に破ったのは、市丸だった。


「君、名前は?」

「副官さんからお聞きになってませんか? みょうじなまえです」

「"魔物"って聞いててんけど、君のこと」

「そうなんですか。何かした憶えはないのですが……」


 なまえは心底不思議だというように溜息を吐いた。その息の白さに、そういえばここは地下だったなと、市丸は気付く。彼は死覇装に加えて、隊長羽織も見に纏っている。しかし、彼女の服は明らかに薄そうな着物一枚。牢獄の様子と反して、それほど汚れが酷いわけではなかったけれど、それでも寒さは変わらない。まして彼女は裸足なのだ。


「ところで、……ああ、お名前をお聞きしても?」

「市丸ギンや。市場の"市"に丸太の"丸"、んでギンは片仮名」

「市丸隊長は、なぜここに?」

「藍染隊長が君に会いに来たらしいやん。それで気になったから」


 その言葉を聞いた途端、なまえの顔がわずかに歪んだ。が、あれ、と思った瞬間にはもう元の落ち着いた表情に戻っていたので、それを確かめることはできなかった。「そうでしたか」と呟く声は、ほんのわずかな嘲笑を孕んでいるようにも聞こえる。


「藍染隊長は、ただ罪人たちの様子を見に来られただけですよ。それでたまたま少し私にお話をされただけで」

「みんなそう言うてるけどな。嘘やろ、それ」


 ばっさり切り捨てられた偽りに、なまえが固執することはなかった。代わりに肯定も否定もしなかったのだが、それは暗に市丸の言葉が正しいと認めているにも同義である。「嘘なら嘘と思っていただいて結構です」という言葉も、市丸にとっては負け惜しみのように聞こえて、可笑しいだけだ。


「市丸隊長は、真偽を見通す目に優れていらっしゃるのですね」

「おおきに。こう見えても嘘には鋭いんやで」


 胸を張って自慢げに告げる市丸には、当然なまえが話を反らそうと努めていることにも気付いていたのだけれど、そうでないふりをしていた。喋りたくないことを無理に聞き出すほどに必死なわけでもないし、その行為をしてはいけないような気も、不思議なことにするのである。直感というやつだ。


「なまえちゃんは、何して捕まってん?」


 何気なしに問われた質問に、なまえの唇が悲哀を帯びて歪む。痛ましい、という形容詞が適切なような、胸を締め付けるような笑みだった。そっと伏せられた顔を窺いながら、市丸は今しがた自分が口にした問いかけを、わずかに悔やむ。そんな顔をさせるつもりはなかったのだ。罪人にこうも気を遣っている自分は、きっと酷く滑稽だったに違いないのだけれど。


「何も」


 ややあって、女は呟いた。声に出したその後で、弱々しい溜息を吐く。思案を巡らした最終的な言の葉が、やはりどうもしっくりこないというみたいに。


「何も、って……」

「そのままの意味ですよ。私、何もしてません」


 女は最早誰を笑っているのか、何を笑いたいのか。その答えは、市丸はおろか、彼女本人でさえきっと知らないのだろう。「無実の罪、ってやつです」悲しげな苦笑とともに付け加えられた言葉は、いやに乾いていた。



極刑、即ち楽園行き


prev / next



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -