(きみの終末がほしいです) 



 輝くような黄金色を見つけた。
 鬱陶しいほどにあたたかい太陽の光を受けて、艶やかになびく髪は、誰がどう見ても違わない、市丸の探し人である。廊下の前を行く彼女に瞬歩で近付いて、その肩を掴んだ。びくりと震えた身体は、やはりそれはそれで女性らしく、華奢だったのだが。

 振り向くまでもなかっただろう。それでも念のためというように背後を確認した彼女は、小さく小さく溜息を吐いてから、彼の名前を呼んだ。


「……ギン」

「乱菊、ちょい時間くれん?」


 真剣味を感じさせる市丸の言葉に、乱菊も逃げはしなかった。ばつが悪そうに微笑んで、頷く。「もう一回あの甘味処行きましょ」と言うので、なぜかと問うと、先日あんな美味しい餡蜜を残してしまったからだと言う。平素の彼女らしい冗談の巧い様子に、市丸もホッとしたように笑って、了承の意を示した。今日ばかりは奢ってやろうと思った。


 そうして例の如く二人して仕事を放り投げて向かった先。乱菊は念願の餡蜜を再度堪能している。市丸の注文した葛餅を時折泥棒のようにつまんでいるが、彼も彼で咎めはしなかった。葛餅の味を楽しむためにここへ来たのではないのだから。


「乱菊、あんな、」

「ごめん、ギン」


 意を決した市丸は、口を開くやいなやあっさりそれを遮った乱菊の謝罪に、「……は?」と間抜けた声を漏らした。からん、と軽い音を立てて、スプーンが彼女の手から皿に転がる。彼女は申し訳なさそうに俯いていた。


「あんたに、嘘ついたわ」

「別に怒ってへんし、ええよ、気にせんで」

「なまえさんとの話邪魔しちゃって、ごめんね」

「……うん」


 随分としおらしい乱菊に、市丸はもう何も追及する気がなくなってしまう。彼女はいつもさっぱりしていて(それをどこか冷たいと捉える者はもしかしたらいるのかもしれない)何事にも後腐れはないように思えるが、存外責任を感じやすい人間だった。あれからずっと考えこんでいたのかもしれないと思うと、市丸はむしろ申し訳ない気分になる。しかしやはり、こうしてしっかり自ら始末を付けるのは、彼女の素晴らしい長所なのだろう。


「でもね、私だって、あの人を助けたいのは、同じよ。ただ、それがすごく危ないかもしれないから、あんたをあの人から遠ざけたの。……あんたにもあの人にも、危険な目に遭ってほしくないから」


 ぽつりぽつり。いつになく弱々しく霧散していく言の葉は、雨上がりの葉を伝い落ちる露のよう。自分もこの子みたいにもっと他人に対して情を感じられる人間だったなら、何かが変わっていたのだろうか。


「あんたは、優しいわ」


 予告もなく吐かれた耳に慣れない単語に、市丸はお茶を噴き出しそうになるのを必死で堪えた。その様子に、乱菊が愉快げに破顔する。


「助けたいとか、救いたいとか、優しさってそういうのばかりじゃないのよ、ギン。なまえさんのこと信じて気にかけてる、それだけであんたはもう十分すぎるほどに優しいわ」

「気にかけるくらい阿呆でもできるで」

「できないわよ。でもあんたはできた。そうした。私のときだってそうだったわ」


 乱菊と出会った日を彼は思い出す。枯れた大地。容赦なく照りつける太陽。ぼろぼろの着物で倒れていた乱菊。「困ってる人を放っとけないのね」と呟く彼女の声は、少し低い。それが何を意味しているのか、いつか分かる日が来るだろうか。


「ほな、やっぱ乱菊もなまえちゃんのこと信じとるんやね」

「……うん、……だけど」


 歯切れの悪い微妙な肯定に、市丸が首を傾げる。餡蜜の残りの餡を見つめながら、乱菊は言葉を選んでいる。やがて決心したかのように落とされた言葉は、「あの人の無罪の主張が認められない一番の理由、知ってる?」と問うた。その声が泣き叫ぶような切実な思いを孕んでいたことを、市丸だけが気付いていた。


「あの人が仲間を殺したのを、見たっていう人がたくさんいたの。二人や三人じゃないのよ。本当に殺す現場を見たのは数人みたいだけど、その後の逃走とか、処理とかの場面も合わせると、多分二十人はいたと思う」


 ひゅう、と風が吹きぬけた気がした。だけれど、それは気のせいだった。二人は今甘味処の中にいるのだから、風など吹くはずもないのだ。それは彼への忠告のようであって、またこれ以上立ち入るなという命令のようであって、本能的な警戒信号のようでもあった。ただ何か、ばらばらに与えられてきた情報の欠片が、どこかではまった音を彼は確かに聞いていた。

 差し伸べられる手を喰い千切る深海魚。何十人もが目にした殺人現場。なまえの無罪が認められることを祈る友人。なまえの無罪がばれることを恐れる誰か。

 そして、真犯人。


 深い思案は、しかし突如高らかに鳴り響いた伝令神機によって遮られた。市丸と乱菊は互いに自らのそれを懐から取り出して、応答する。『吉良です、市丸隊長』、機械を通ずるとわずかに低く聞こえる、腹心の声を聞いた。


「イヅル、心配せんでもすぐに帰るで」

『そうじゃないんです。市丸隊長、今からすぐ隊舎へお戻りになれますか』


 吉良の言葉は、どうもはっきりしない。けれどもその中に妙な緊迫感を感じ取った市丸は、素直に肯定の意思を返した。乱菊も乱菊で、しきりに相手に何かを問いかけている。敬語であるところを見ると、彼女の隊長だろうか。『実は、』口を開く吉良の声は、いやに重い。


『うちの九席……、分かりますよね? 先日市丸隊長とみょうじなまえについて話していた彼女です。それが先程、瀞霊廷内から一切の霊圧の痕跡が消失しまして、』


 ひゅるり。また、冷たい風が吹く。


『例の、第三牢獄の魔物の件で、殺されたものと思われます』


 口の中に溜まった唾を、飲み込む術さえも忘れてしまった。



きみの終末がほしいです


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