『"姫と奴隷"というゲームを知っているか。』

 ある王国の美しき姫は、ふとしたことから奴隷の男と恋に落ちてしまう。その事態に心底腹を立てた王は、その奴隷を呼び出し、彼を三つの檻の前に立たせる。姫が入っている檻と、獰猛なライオンが入っている檻が二つである。奴隷の手には、三つのボタンが握られている。それぞれが特定の檻を開けるスイッチとなっているが、どれがどの檻を開けるのかは姫にも奴隷にも分からない。


「この状況で、"奴隷"は"姫"を救えると思うか? フッフッフ!」


 少し眠っていたらしい。ベッドは随分と柔らかくて、身体が沈み込む感触はとても心地よかったのだけれど、すぐそこにいるドフラミンゴの覇気に、睡魔は殺されてしまったようだ。さっさとこんな趣味の悪い部屋からはおさらばしたいところだが、それと同じくらい趣味の悪い首輪が私をベッドに括り付けており、叶わなかった。まったく、これでは誰が"奴隷"役なんだか、分かったもんじゃない。

 ドフラミンゴの高笑いを聞きながら、部屋を見渡す。彼の部屋なのだろうということは、一瞬で察しがついた。いかにも上質そうなカーテンもカーペットも、煌びやかなピンク。ここまでピンクが似合う男も、そう多くはいまい。じんじんと鈍く痛む私の身体にはあちこちに包帯が巻かれていた。治療するくらいなら初めから怪我などさせなければ良いのに。相変わらずよく分からない男だ。


「どうだった、俺の側を離れてアイツと海を回った十数年は」


 嫌な笑声とともに投げ掛けられた、返答を求めていない問いかけに殺意が湧く。船は、無事だろうか。停泊した街で突然襲われ、意識を失ったと思ったらこれだ。こんな情けないクルーなど捨て置いて、次の島へと出航していればいい。どうか。


「あのひとは奴隷なんかじゃない」

「オイオイ、ただの比喩だろうが。ンなカッカすんじゃねェよ、"姫"サマ?」

「それにその配役だと、"奴隷"を喰い殺す"ライオン"はあなたってことになる」

「ハッ、何も分かってねェな。"ライオン"役はまだ決めかねているところさ」


 ベッドに腰掛けた彼の体重を受け入れて、スプリングがぎりりと軋んだ。瞬間、大きな手で顎を掴まれて、ぎりぎりの距離まで顔を寄せられる。ぺろりと自らの唇を湿らす彼は、飢えた肉食獣そのものにしか見えない。ぼんやり油断していたら、首にもう片手がかけられた。気管が、少しずつ押し潰される。


「お前が一人二役でもいいぜ。"姫"と"ライオン"の二役。面白いと思わねェか?」

「は、なせ……、ぁ、っは、」


 気絶する寸前で解放された喉が、目一杯の酸素を肺に取り込む。げほげほと重い咳を繰り返す私を、ドフラミンゴは愉悦に満ちた表情で見つめていた。そっと慈しむように頬に触れてきた手のひらの温度に、こうも冷や汗が背を伝うのは何故だろう。本当は、分かって、いたのだけれど、全部。

 がちがちと歯が鳴る様までも愛おしげに、サングラスの奥に隠れた目が、細められた。ファミリーを家族よりも大切に扱うこの男は、だからこそファミリーの背信をけして許さない。それを知っていながら裏切り逃げた私が、今更生き残れるなどとは思っていない。痛いだろう。楽に逝かせてはくれないだろう。いっそ殺された方がマシだと泣き叫ぶような苦痛を受けるだろう。それでも、すべてを受容する覚悟はできていた。


「死にてェだろ?」


 彼の嗜虐性は嫌というほどに思い知っている。イエスと吐いてもどうせ一生殺してはくれない。ノーと吐いても嘘は瞬時に見抜かれる。私はもともと偽るのが得意じゃないのだから、尚更だ。黙って目を逸らしていれば、彼は私の髪の毛を乱暴に掴んで、無理矢理視線を絡ませた。


「俺も鬼じゃねェ。助けてやるよ。何せお前は愛しの姫だからなァ」


 ぴたり、時が止まったような感覚が、足元から頭までを駆けあがる。


「ド、フィ?」

「そうら、"奴隷"たちの登場だ」


 扉の蹴破られる音。途端に部屋の中へ入ってきた濃い血の匂い。ああ、あのひとだ。助けに来てくれれば嬉しいはずなのに、その顔を見つけたとき、全身の血がすべて逆流したかのような錯覚に陥った。何を恐れているかということ、その最悪の展開に、私の愚鈍な思考回路はやっと辿り着いて。


「"奴隷"も"姫"に殺されるなら、本望だろうよ。……ああ、いや」


 "ライオン"の間違いだったか。

 私の名前が遠くで叫ばれたのも、私の首元で"ライオン"を繋ぎとめておくための鎖が外されたのも、すべて気のせいなんかじゃない。頼む、外さないで。でないと哀れな獣が、彼らを喰い殺してしまうから。すべてを理解した私の脳の指令に、最早身体は恭順を示すことはなくて、今やその支配権は、"王"である彼へと移り変わった。「船長、逃げて、」涙ながらに発した言葉さえ、彼らに伝わったのかは定かではない。


「哀れな"奴隷"よ、お前らの前にある檻には、最初から"姫"なんていやしなかったのさ」


 奴隷の手には、三つのボタンが握られている。それぞれが姫の檻か、ライオンの檻かを開けるスイッチとなっているが、どれがどの檻を開けるのかは姫にも奴隷にも分からない。

 血と涙が混じり合った舞台で、最後に立っていたのは、姫だったのか、ライオンだったのか。王の哄笑に紛れた叫びは、泣いていたのか、啼いていたのか。

 一歩踏み出せば、惨劇は始まる。




"姫と奴隷"の元ネタは某有名映画より。分かる方も多いはず。




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