※自傷表現あり
※閲覧注意

















 先日の名も知らぬ海賊との交戦で、二人の船員が死んだ。

 その一人は珍しい女船員で、たまにコックと一緒になって全員に手作りのお菓子を振舞ったりしていた。私は彼女の作る、アーモンドクッキーとガレットが大好物だった。黒い髪はいつも艶めいていて、それなのに潮風で痛んで仕方ないと笑うのだ。その笑顔は、とても綺麗だった。彼女は顔立ちこそ平凡であれ、非常に表情豊かで、皆から愛されていた。

 そんな彼女が、一発響いた銃声に、胸を撃ち抜かれて、死んだ。即死だった。



「どさっ、て感じだったよ。本当に悲鳴も何も無かったの」



 私の目の前で、心臓に穴を開けられて絶命した彼女の死に際を、一番近くで看取ったのは私以外にいまい。その瞬間、彼女の顔からは総ての表情が消え去り、力を無くした細い身体がどさりと甲板に崩れ落ちていった。

 ああ、その光景の、なんと恐ろしいことか。



「仕方ないことだ。弱い奴は死ぬ。殺される。俺たちもアイツらも、命懸けで戦ってんだからな」



 ずっと顔を顰めたままで、ペンギンはそんなことを呟く。彼にしては珍しい、冷めた意見であった。この船の船員の印である白いツナギから、覗く腕に包帯が巻かれている。

 私は乾いた笑みを零して、ペンギンが渋い表情をするのを見ていた。じんじんと痛みを主張する手首から、静かに赤が伝って落ちていく。ああ、床汚れちゃうなと思いながら、それでも何もしようとしない私は、今きっと無気力の塊なんだ。



「船長んとこ、行くぞ」

「どうして?」

「治療してもらうんだよ」



 ペンギンは少し乱暴な手つきで私の怪我していない方の手首を奪い、部屋の外へと連れて行った。その早い歩調が、なんだか私を咎めているような気がして、思わず肩を竦めた。



 私の自傷癖はいつものことだ。この船に船員として迎えられたときからずっと、仲の良かった船員が戦闘で死ぬ度にカッターで手首に線を引いてきた。もう一度言葉を交わすことはおろか、その体温さえももうこの世界のどこにも残っていない、そんな残酷すぎる事実を、私はいつも受け止めることが出来ないでいた。あまりに心がきりきりと痛むから、別の場所を傷付けなければ耐えられないのだ。そのままでは、心臓が握り潰されてしまう心地さえするから。


 おかげで治らなかった傷痕もいくつか残っていて、リストバンドをしないと少し生活がし辛い。自傷をしている可哀想な女の子、という哀れみの目は、あまり嬉しいものではない。



「ペンギン、外せ」



 船長室に入るなり、私の状況を察したらしい船長が、いつもと変わらぬ冷たい口調で腹心に言い放った。言われた彼も彼で、頷いてさっさと部屋を出て行ってしまう。座れ、と言われたので、とりあえず空いているソファに腰を下ろした。これでもかというほどに身体が沈み込むから、きっとお高いものなのだろう。

 彼は医学書らしきものを読んでいたが、それからは目を離さず、私にガーゼのようなものを投げつけてきた。流石に初めてではないから、何を求められているかくらいは分かる。三枚ほど重なっているそれを傷口に当てて、圧迫した。鈍い痛みが強くなった。


 やがてしばらくして、船長は読みかけていた分厚い本に栞を挟んで閉じると、私の傍までやってきた。ガーゼを取り払い、どこから持ってきたのか、包帯をくるくると巻き始める。片方の手首だけだから、治療はすぐに終わった。痛みはまだ消えないが、見てくれは随分と良くなった。



「そういや、この間死んだ女はお前の親友だったか」

「そうだよ」

「そうか」

「うん」



 船長は少しだけ不服そうに眉を歪めて、私の首筋に噛み付いた。これもいつものことだ。私が自分の手首を切る度、彼は私の首もとに所有印を刻む。そしてそのままベッドかソファに雪崩れ込むのも、いつものこと。意識が飛んだ頃には、きっと夜も明けてしまっている。そのとき横には彼はいなくて、ただ首の所有の痕だけが、そこに居座っている。

 同じ痕でも、こっちの方が重く感じるのは何故だろう。



「ナマエ」



 私は海賊には向いてないのだろうなあと、つくづく思う。仲間が死ぬ度に傷心していてはキリがない。でも、心の締め付けはどうしたってやまない。それに、もう私がこの船を降りることは出来ない。船長がいなければどうなるか分からないし、そうなれば発狂して、今度こそ自分の心臓を斬ってしまうかもしれない。



「余計なことは考えるな。今は、俺だけを見てろ」



 頷く代わりに、重ねられた唇に答える。舌を絡ませてゆるりと遊ぶと、もう治療したはずの手首が、じんじんと痛んだ。


慈悲の瞳を求めよ





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