07


 暇だろうからと気を遣ったペンギンが持ってきた小説本を読み進めるうちに、すっかり陽は落ちていた。時折様子見にやってくるベポは水を入れてくれるし、ここの船員たちは存外ミラに優しい。それはもしかしたら、元奴隷であった(そして恐らくはこの先も奴隷として生きるのであろう)女への同情心から来るものだったかもしれない。何はともあれ、ミラはとりあえずあの海賊船に居た頃と比べれば、各段に穏やかに日々を過ごしていた。

 そんな中、また彼女の許を興味本位で訪れる船員が、ひとり。


「お前、もう平気なの?」


 キャスケット帽を浅く被った男が訊ねる。ベポやペンギンには慣れたとはいえ、初対面の海賊船員は彼女にも恐ろしいのだろうか、ミラは控え目に頷く。でも点滴はまだ刺さったままなんだなとシャチは笑った。

 つかつかと歩み寄って、金の前髪を持ち上げながら額に手を乗せ温度を確かめる。何も言わなかったために彼女は大袈裟に身を引いたが、シャチはそれには気付かなかったようだ。まだ熱あんなー、と呟き、首を捻る。


「やっぱあれだな、もう一回船長に診てもらった方がいいよな」


 ほとんど独り言に近い言葉だったが、ミラはそれに顔を真っ青にして、大きく首を振った。それはもう、傍にいたシャチが驚き声をあげるほどに大きく。膝の上の毛布を握りしめる彼女の気持ちが、シャチにも分からないではないのだが。


「お前からしたら怖いかもしんねェけどさ、あの人、めちゃめちゃ腕の良い医者なんだぜ」


 女は答えない。少し口を尖らせているだけだ。視線は宙を泳いでいる。


「俺にはさ、どうも船長がお前を奴隷にするためにここに連れてきたとは思えねェんだよな」


 そう言うと、女は漸くシャチの目を見つめた。驚いているような表情ではなかったが、何かを深く考えているようだった。数秒の逡巡の後に、私も、と女が口を開く。私もそう思います、と言う。意表を突かれたシャチは唖然として、そして声を上げて、変なやつ、と笑った。


「お前めちゃめちゃ度胸あるな」

「そう、ですか?」

「そうだよ」


 さも可笑しそうに笑うシャチに、ミラは首を傾げる。あんまり可愛らしい仕草をするので、彼は思わず誤魔化すように視線を反らした。食事を出しに行ったベポが、可愛い子だと言っていた。ペンギンは、美人であることには違いない、と(妙に含んだ物言いではあったが)言っていた。ローが彼女を抱え敵船から戻ってきたときに彼女を見かけた船員も皆が口を揃えて上玉だと騒いでいた。こうして話してみれば成程確かに、誰もが彼女を美しいと評するに不思議はない。


「船長呼んできて、ちゃんと診てみらおう。そんで、早く身体治そう。いいな? ミラ」


 優しく、一言一言をゆっくり言い聞かせるように諭すと、ミラは少し苦笑してから、頷いた。この船の方は、皆様お優しいですねと言う。聞けば、ベポにも同じようなことを言われたらしい。何だかシャチは恥ずかしくなってしまったので、船長呼んでくる、と言い残して足早に部屋を出た。


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