05


「へえ、俺を知ってんのか」


 いかにも愉しそうに声を弾ませる(といっても長らく共にいた者でなければ分からない程度だったが)男は、担いでいた愛刀をわざとらしく音を立てて壁に立て掛けた。本当に嫌な人だとペンギンは思う。この状況で武器の存在を主張するなど、鬼畜にも程がある。

 怯えながらも案外目は反らさないまま、ミラは薄い唇を結んでそんなローをじっと見つめている。ベッドについて身体を支える細い腕が、今に折れてしまうのではないかというくらい弱々しく、震えていた。しかし、そんな様子を見て彼の頭に浮かんでくるのは、やはり綺麗な女だということだけだ。

 ローは些か乱暴な手つきで女の手首を掴み上げると、彼女がバランスを崩してベッドから落ちかけたことも気に留めない。ひゅう、と心許ない呼吸が聞こえたと同時に、男がペンギンを呼んだ。


「こいつの名前は?」

「ミラ、と名乗っていた」


 今目の前に居るんだから直接聞けばいいじゃないか、とは思っても口に出さないでおく。名前を知るや否や、途端に笑みを深くしたローは、女を見下げて嗤った。


「正直者だな」


 思わずペンギンは首を傾げた。二人の会話の行方が、全く分からなかったからだ。正直者? どういう意味だ。まさかローは、この女の名前を最初から知っていたのか。ぐるぐると巡る思考回路がショートする寸前で、突然ローが声をあげて笑い出したことで我に返る。見れば、手首を掴まれていたはずの女とローが、離れていた。女の肩が上下に揺れている。怖いのなら、やらなければいいのになと何となく思った。

 ローの手を払いのけたらしい女は、やはり怯えたまま、ぐしゃりとシーツを掴んだ。白く清潔なそれに、一瞬にして幾筋もの皺が寄る。


「どうする、つもりですか」


 やがて、女は口を開いた。声は疑い用もなく震えていた。

 やはり奴隷だったのだなと、ペンギンはそこで確信した。ローの名を知っているということは、つまり彼らが海賊であることを知っているということだ。どうするつもりか、自分を。恐怖とともに投げかけられたその問いは、きっとどこかに、再び性奴になることを恐れ拒む気持ちが含まれているはずだ。海賊の立場からすれば、ここまでの上玉に、何も求めずはい帰ってどうぞと解放する方がおかしいのだけれど。


「逆に聞こうか、ミラ。どうしてほしい?」


 暫くして、ローが変わらず愉快げに問う。初めて名を呼ばれた女は、しかしそれには動揺することなく、訝しげに目を細めた。それから何とも言えない感情を隠すような歪んだ表情で俯くと、ふるふると力なく首を横に振る。海賊に同情は乞わないということか。それとも何を言ったってどうせ叶わないと踏んでいるのか。


「お前の望みは、お前が完全に快復したら叶えてやるよ」


 それなのに、女は何一つ望んでなどいないのに、ローは言うのだ。お前の望みを叶えようと。叶えてやろうと。女がどこか悲しそうに眉を寄せ、また小さく小さく、首を横に振った。



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