04


 女は病人用のベッドの上で、真っ青な顔のまま起き上がっていた。毛布の上に重ねられた手に目を遣りながら、深刻な顔をしている。ベポが船長のシャツを借りて着替えさせたおかげか、風呂で身体を洗ったおかげか、はたまたその深い青の虹彩が姿を見せたからか、女は敵船で見かけたときより随分と美しく見えた。

 女は部屋に入ってきたペンギンに気付いてちらりと視線を寄越したが、その目の奥で確かに、恐怖心をちらつかせていた。まあ仕方のないことだろう。


「あー……。俺はここのクルーの、ペンギンだ」


 なるたけ穏やかな声で言葉をかけてみると、女は怯えながらも、微かに頷いてみせた。意識ははっきりしているらしい。自分がどこにいるのか、どういう状況にあるのかも理解している。傍のデスクにカルテらしきものが置いてあるのをペンギンは認め、ああそういえば船長を呼ばなければと思った。あの自分を呼びに来たクルーが、気を利かせて船長にも声を掛けてくれればいいのだが。


「……とりあえず、ああ、アンタの名前、聞いていいか」


 一瞬動揺したように、青い瞳が僅かに揺れた。ミラ、と女は名乗った。


「ミラ……?」


 呟いて、ペンギンはその名に何か引っ掛かるものを感じたが、数秒それに思いを巡らせても結局浮かび上がるものはなく、そのまま彼女の名前を受け入れる他無かった。

 声が大分掠れていたので、とりあえず水を一杯出してやると、やはり辛そうな声音でありがとうございます、と言ってそれを一気に飲んだ。嚥下するに合わせてその白い喉が動くのを彼は見た。


 素直に、綺麗な女だと思った。

 容姿は勿論だが、なんというか、表情から指先に至るまで、ひとつひとつの仕草が洗練されているようだった。毛布の上に重ねられた手のひらにしても、水を飲む行為にしても、ぱちりぱちりと瞬く目の伏せ方さえも、全てが他者を彼女という存在に惹きつける要素を強く内包しているように見えた。

 ペンギンが黙っているので、女は飲み干したカップを手にしたまま、不安そうに彼の次の行動を待っていた。が、彼はそんなことなど気にせず、彼女の存在を注意深く観察していた。

 この女は普通じゃない。ペンギンはそう直感していた。こんな完璧に人を魅了する何かを、凡人が持っているはずがないのだ。

 そして、


「起きたか、女」


 自分に気付けたことが、"彼"に分からないはずはないと。

 そう思ったまさにそのとき、ペンギンの背後で扉が開けられた。低い声とともに男がやってくる。愛用の長刀を肩に掛けて、睡眠後だからか帽子を外した髪の毛を、気怠そうにがしがしと掻いている。

 トラファルガー・ロー。ミラが掠れた声でそう呟いたとき、男の口許が凄惨に歪んだ。



prev / next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -