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 何を馬鹿げたことを。そう思ったのかもしれないローは、シャチに対して肩を竦めただけで、殊更驚くようなことをしなかった。シャチもシャチで無視されたことにめげるわけでもなく、海の上で自転車を漕いでいる男に声をかける。あまりの警戒心の無さに、そばにいたペンギンが脇腹を肘でつついた。たった今、船長であるローの懸賞金が跳ね上がったことを話題にあげたばかりではないか。

「おぅーい、あんた、何してんだー」
「おお、……これはこれは、ハートの海賊団に出くわすとは、俺もツイてるねェ」
「え、あんた俺たちのこと知ってんのかー?」
「最近有名じゃあないの。"死の外科医"、トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団」

 自分の名が出されたことでようやくいくらかの意識をその得体の知れぬ男に向けたロー。ベポがそこで夢から覚め、「キャプテン……?」と眠い目を擦りながらつぶやく。

「ちょーっとあんたらには用があってね。会わせてほしい子がいるんだ」

 がちゃ、と音がした。甲板にいたメンバーがこぞって船内へ続く扉を振り返る。
 ミラだ。
 ハートの海賊団の証である白いつなぎ。左耳の下でまとめられた長い髪の毛。いつもと変わらない様子でぶらぶらと甲板に出てきた彼女は、瞬時に彼らを取り巻く空気が平素と違うことを感じ取って見せた。

「皆さん、どうかしたんですか?」
「ミラ、」

 そう口を開いたのは、シャチでなかった。ペンギンでもベポでもなかった。ローでもなかった。

「ミラ」

 ミラはあわてて柵の近くまで駆け寄る。海の上で、ひらひらと手を振っている男を見て瞠目する。

 思えば確かに、その男は普通ではなかったのだ。いわゆる強者と呼ばれる人々が放たずにはいられないオーラのようなものを巧妙に隠していたとはいえ、それなりの死地を潜り抜けてきたローならば、普通なら気が付くはずだった。それがよりにもよってこのときにできなかったのは、皮肉なことにローがだれでもないミラのことについて深く考え込んでいたからなのだ。

「クザンさん……?」

 風が吹く。乾いた空気が音を立てて流れながら、小さくつぶやいた彼女の髪の毛を攫っていった。

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