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 天候も海も何もかも、が、平時と変わりない日だったように思う。今まで幾度となく繰り返してきた日常と同じ、短いけれども濃密で騒がしい24時間。シャチとペンギンは甲板で今日のおかずのために釣りに励み、太陽の下で昼寝するベポをクッション代わりに寄りかかるローは、何かを考え込んでいるような顔をしていた。しかし彼は普段から仏頂面だし、不機嫌そうに眉根を寄せていたって、いつも通りなことなのだ。新しい薬の研究成果について考えていたり、あるいは今日の夕食について考えていたりすることだってあるのだから、クルーがいちいちとりたてて反応することではないのである。

「ペンギン、」

 だから、彼が重い口を開いてその名を呼んだとき、ペンギンはそれなりに驚きもしたし、瞬時には反応できなかった。一拍おいて、今自分は呼ばれたのだと気付き返答する。しかしローは二の句を告げない。彼にしては珍しく、言葉に迷っているような雰囲気も見て取れた。隣りでシャチが首を傾げている。

「船長、何か気がかりなことが?」
「……いや、」

 どうもはっきりしないローの言葉に、訝しむペンギンがそこでようやく彼の手の中にあるものを見つける。死と刻まれた黒い手のひらに、握られた紙。手配書、だ。ふわりと風に揺られて垣間見えたその写真は、確かにそれを眺めるローその人。要するに、先日とうとう二億という莫大な金額にまで懸賞金の跳ね上がった、"死の外科医"、トラファルガー・ローの指名手配書である。そういえばその影響だろうか、最近敵船に急襲を受けることが増えたように思える。手配書に気付いたシャチが、

「船長やっぱすげぇっすよ。このまま船長もハートの海賊団も有名になって、どんどん仲間も増やして、いずれは海賊王! 船長しかいないです、ワンピースを見つけるのは」

 などと、ぺらぺらよく喋る。ローを崇拝している彼であるから、その喜びは計り知れない。沈黙を保っていたローはやがて、「……そうだな」と小さく呟いたけれど、言葉にはなんだか覇気がない。返事をしたはいいが、心ここに在らずといった様子だ。

 まあ無理に問い質しても、と、ペンギンは再び釣りに意識を集中させた。かかっているのは今晩のおかずなのだ。大物を釣り上げなければならない。シャチも彼にならって、釣竿を両手でしっかり握り締めた。
 ローはもう何も言わなかった。


 それから、すこし経っただろうか。一切かかる兆候のない釣竿に二人のやる気が奪われ始めた頃、ペンギンが海の先に、ひとつの影を見つけた。小さな小さな影だ。島という大それたそれではない。目を凝らせば、ぼんやり浮かぶシルエットはすこしずつ鮮明になっていく。

「……人間?」

 口にしてから、ペンギンは自分の目を疑った。海の上でどうやって人が立っていられるというのだ。しかも、今そこにいる人間はーー。ぽかんとしているペンギンを放って、シャチが寝ているのか起きているのかわからないローに、不思議そうな声で、こう告げた。

「船長、海の上で自転車こいでる奴がいるんですけど」



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