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 頭と左腕の傷の縫合。とりたててローがミラに行った治療といえば、その程度だった。後は身体のあちこちにいくつか痣があったのだが、それを癒す術は時間の経過しかない。それらすべてをひっくるめて、今回の傷が皆癒えるに要する時間、すなわち全治は、二週間。それが、ローの弾き出した答えだ。

 手術室から患者用の部屋に移されて眠っているミラの横で、ローは何をするでもなく座っていた。彼女の目覚めを待っていたのかもしれない。あるいは執刀医としての使命感のせいかもしれない。ただ単に暇だったのかもしれない。何にせよ、彼はその部屋を出て行こうとしなかった。拍動を刻むモニターをぼんやり見ながら、時々意味もなくメスを手で弄んだり、並んでいる薬を並び替えてみたりしていた。とどのつまり、彼は落ち着かないだけなのだ。それがどうしてなのか、彼自身気付くにはミラの完治よりも余程時間がかかるのだろうけれど。

(……戦いはてんで駄目なくせに、人をイラつかせるのだけは上手いんだな)

 今のローもしかり、ドフラミンゴもしかり、かつて仕えていたという天竜人もしかり。天竜人を怒らせただなんて、馬鹿にもほどがある。それでどうなるかを知らないわけでもないだろうに、本当に奴隷のために喰ってかかったのならば、それはお人好しなんてレベルでは収まらない。ただの馬鹿だ。うまく立ち回るということを、彼女は本当に知らないのだろう。世渡りが下手だから、彼女自身が奴隷にまで堕ちてしまったのだ。奴隷たちを助けたかったのならば、自分の安全を確保したうえで声をあげるべきだったのだ。

(むかつく……)

 夜が深くなる。患者室の中で唯一明かりを灯すランタンもぼんやりとしていて、出航した夕刻からほぼすべての時間をミラの処置に費やしていたローの眠気を誘う。流石のクルーたちも今夜ばかりは騒ぐのを自粛したのだろうか、声は早々に消えていた。シャチとベポは、彼女の容体はどうなのだとローの傍らでぎゃんぎゃん騒ぎ立てているうちに患者室の中で眠ってしまった。

 まったく本当に、散々な一日だった。



「……ロー、さん」

 すこし、眠っていた。ローの耳にふと届いた掠れた声は、確かに今、彼が一番聞きたい声だった。

「ごめん、なさい」
「……いや」

 ミラの顔はまだ白い。体調だってまだ万全であるはずがない。それでも真っ先に出てくる言葉がローへの謝罪だというところがまた彼女らしいというか、馬鹿らしいというか。そっと頭に手を触れてから髪を撫でるように下ろしていくと、くすぐったそうに微笑んだミラに、ローもつられて苦笑が零れた。

「悪かった」

 ローはまだ知らない、ミラの過去を想像してみる。今だってけして大きくはないのに、昔ならばもっとひ弱だったのだろう。そんな何の力もーー権力も武力もないような餓鬼が、世界最高の権力にひとりで歯向かっただなんて、本当に今も昔も変わらない、馬鹿げた女だ。

「ローさん、本……」
「何だ?」
「わたしの、……つなぎの、中に」

 ミラの声は弱いが、聞き取れない程ではない。部屋の隅に畳んであった彼女のつなぎを手に取り探ってみると、なるほど確かに分厚い本が一冊入っている。その表紙を認めたとき、ローは胸が締め付けられるような気がした。

「それしか、買ってこれませんでした。……すみ、ません」

 折角頼まれた、仕事だったのになあ。

 ローが頼んだ、買って来いと命じた医学書の一冊だった。こんなもの、放り投げて逃げても良かったのだ。本なんて失ってもまた買える。命はそうはいかない。そんな簡単なことを、どうしてこの女は理解できないのだろう。ローはそれをひどく腹立だしく思う。彼女に対しても、またそうさせた自分に対しても。

「もう寝ろ。重症患者なんだよ、お前」
「ん、……おやすみなさい」
「……おやすみ」

<三日目/23:56>

 世界が日付をまたぐ頃、海賊たちは束の間の休息をとる。メーラ島への上陸の三日間は、こうして幕を閉じた。

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