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 せんちょう、と掠れた声が紡いだのを聞いた。こんな状況下になって初めてそう呼ばれるだなんて、皮肉な話だ。得体の知れない島で、自分の注意力のなさが原因でクルーをひどく傷つけた。そんな、自分だ。こんな情けない船長がいてたまるか、とローは自分を嗤った。

「ンな邪険にするな。フフフ、昔はかわいかったのになあ、……無愛想なのは変わらねぇが」
「お前と昔話をしている暇はねぇんだ」
「そうか。で、それは、お前の女だったか? 悪いことしちまったな」

 ドフラミンゴの指差す先、ローの腕の中でぐたりと倒れているミラは、既に気を失っているのか、反応をよこさない。血の気の失せた顔が本当に痛々しい。早く連れ帰って治療してやりたいのだが、悪趣味な七武海はそんな彼をやすやすと解放してくれるはずもなく。

「俺の女じゃねぇが、クルーだ」
「ほう。あのミラが、ねぇ」
「……何?」

 ドフラミンゴの口をつき出た名前に、ローは瞬時に違和感を憶える。確かに元はあれだけ有名だったピアニストだ。彼が彼女の名前を知っていても不思議はないだろう。しかし、だとしても今の言い方はなんだ。妙に何かを含んだ、揶揄するような物言いはなんだ。

「海軍も馬鹿なやつらばっかりだな。そこらの海賊よりもその女の首の方が、余程手柄になるだろうに」
「どういう意味だ」

 不愉快そうに目を細めたローを、ドフラミンゴが嘲笑う。サングラスの奥に隠された瞳は、笑っているのか、苛立っているのか、楽しんでいるのか。それは他人の誰にも図りかねることだったけれど、それでもローは、気にせずにはいられない。かつては上司として慕ってさえいたこの男が、何を言いたいのかがまったくわからないのだ。
 怖かったのだ。

「その女が世間でなんて呼ばれてるのか、教えてやろうか」

 今まで航海してきたのも、けして長い時間ではなかったかもしれない。交わした言葉の数だって、笑いあったことだって、他のクルーと比べれば少ないかもしれない。それでも、ミラは紛れもなくローのクルーだった。ローはローで、ミラのことをそれなりに理解するよう努めてきたつもりだった。しかし、今こうしてドフラミンゴによって聞かされる真実に、そんなひとりの大事なクルーだった彼女が、どこか遠くの人物であるように錯覚する。嘘を吐く意味もないのに、ドフラミンゴが嘘を吐いているのではないかと、疑ってしまうほどに。

 彼は、何を言っている?

「"天竜人に刃向かった愚かな天才"」

 声は出なかった。息を呑むことしかできなかった。ただただ、この今という瞬間ローの腕の中にある体温だけが、彼にとって今世界で唯一確実な存在だったのだ。彼はそのことに心から感謝した。

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