03


「なあなあペンギン、何? あの女」

「船長が気に入ったんだって? 前潰した海賊の娼婦だったんだろ?」

「え、俺はそこの船長の愛人だったって聞いたけど」


 言いたい放題である。面倒なことになったと、珈琲を啜りながらペンギンは肩を竦める。珈琲から立つ湯気が、まだそれが淹れ立てであることを示している。なあなあペンギン、教えろよ。周りを取り巻く男たちを無視しながら、さてどうしたものか、彼はまた思案に暮れた。


 死にかけた女を担いで船へ戻ってきたローに、クルーの皆が度胆を抜かれた。当たり前だ。何か金品はないかと気紛れに捜索に行っていた船主が、財宝の代わりに女を連れてきたのだから。そんなローは戦闘が終わるとさっさと自室に篭って眠ってしまった。持ち帰った女をペンギンに預け、頼んだ、と告げただけで、頼まれた彼は最早頭の上にクエスチョンマークが満載である。頼んだ? 何を? てかアンタが連れてきたんだからアンタがやれ、船長!

 とにかくまずは治療が先決だった。女を風呂に入れるのをベポに頼み、丁度ローが食事を取りに起きてきたところを捕まえて、女の容体を観てもらった。診断は、栄養失調と脱水症状。無理矢理水を飲ませ栄養剤を点滴し医務室で寝かせると、漸く一段落がつき、休憩を望んで食堂にやってきたペンギンは、しかし休む暇もなく事情を知らないクルーに捕まり。

 そして、今に至る。


「まだ"本人"から聞いてないんで分からんが、恐らく奴隷だろうな」

「そうなのか? まあ確かに、結構しんどそうだったな」


 会話の輪の中に混じっていたシャチが、女を見ての率直な感想を述べる。実際はしんどそう、などというレベルではなく、あと少し遅ければ死んでいたそうだが、まあわざわざ言うほどのことではなかった。

 ただ、思うに、あの女はひょっとしたら、あそこで死んでいた方が楽だったのではないか。ペンギンは根も葉もない噂で盛り上がるクルーたちを横目に、そんなことを考えた。船長の気まぐれとはいえ、あの男は女の顔が恐らくごく個人的に好みだったのだろう。そうしてあんな愉しそうに死にかけの女奴隷を連れてきたのでは、その目的など決まっている。

 奴隷は一生奴隷のままなのか。世の中は理不尽で出来ている。


「なあなあ、船長が飽きたら俺たちにも回ってくるかなあ」

「飽きたら斬り捨てられて終わりだろ、船長のことだし」


 だから、ペンギンもまた他のクルーたちも、皆が皆、あの女が性奴としてここに連れてこられたことを信じて疑わなかったし、それ以外の可能性も浮かんではこなかった。あまり身分差別というものが好きでないシャチだけが可哀想にと彼女を哀れんでいたが、大半は彼女が美人だったこともあり、いずれは自らの欲望の捌け口にできるかもしれないと悦んだ。

 そうして、騒がしい食堂の扉ががらりと開けられて、やってきた男がペンギンの名を呼んだのは、丁度彼が二杯目の珈琲を飲みかけたときだった。


「女が起きたぞ」


 クルーがざわめく。ペンギンは立ち上がり、今行く、と告げて、早足で医務室へと歩を進めた。そして彼が消えた空間で、あれやこれやと一層高らかに女について男たちが語る中、置き去りにされた珈琲から、さみしげな湯気が静かに立ち昇っていた。


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