36 ![]() <上陸三日目/16:25> ノックも響かせず立ち入ってきた来客に、ローは目もくれず、ただ顔を顰めた。いや、クルーの中で、そんな命知らずな真似ができる者は記憶の限りではいないのだから、自分がぼんやりしていただけかもしれない。「船長、」と呼ぶ声が見事に緑のキャスケット帽を連想させるので、来客の正体すらも、見ずして理解できる。 「なんだ」 「ミラがどこ行ったか、知りません?」 「あいつなら本屋に行かせてる。それよりシャチ、お前あいつについてかなかったのか」 「……何の話っすか?」 ミラは街へ行くにシャチを誘ったはずだと思い込んでいたから、その切り返しには少々面喰らった。シャチでないのなら、ベポか、ペンギンか。それでも、自分が誰かを連れていけと命令した以上は、彼女は必ず誰かとともにいるのだという確証があった。 あのつなぎは、海賊の証明だ。何せ胸元には、ローの掲げるジョリーロジャーがこれ見よがしに描いてあるのだから。つまり彼らは皆、"私は海賊ですよ"と大声で宣言しているようなものなのである。しかし、戦う力を持たない彼女がひとりでその姿でいれば、襲われたとき、どうして相対することができようか。そこまで思い至れば、彼女をひとりで街に遣わせることなどありえない。 「まあいい。ところで、ミラに何か用だったのか」 「用っていうか、あのですね。今この船にいないのがあいつだけなんで、どうしたんだろうって思って」 ページを繰っていた指先が、外部から引っ張られたかのように、ぴたりととまる。 今、シャチはなんと言った? 「5時に出航だからって皆もう戻ってきてるんすけど。まあ船長のお遣いなら大丈夫ですね」 「……おい、今何時だ」 「ええと、……4時27分、すよ」 彼女に遣いを頼んだ時間を、彼は憶えている。大体2時過ぎだ。街へと行くのに十数分かかるとしても、明らかに時間がかかり過ぎている。いつの間にそんな長時間が過ぎたのかという疑問の答えは、自分がつい先程まで没頭していたことを考えれば火を見るよりも明らかだった。 彼女以外のクルーが皆船にいるということは、彼女が今、ひとりでいるということ。 ならば、こうも長らく帰ってこない理由は。 「船長?」 「シャチ、戦闘準備だ。ペンギンとベポも呼べ。……もう一度、街へ行くぞ」 成り行きがわからずにぽかんと口を開けているシャチに、「説明は後だ」とだけ告げて、ローは愛刀に手をかけた。手首を二、三度返し、その重みを十分に確かめてから、新しい本で埋れた船長室を去る。自然と早くなった歩調を、その理由を、もしかしたら彼はけして認めないかもしれないけれど。 『わかりました』 ミラ。お前はあのとき確かに、そう言っただろう。だのになぜ、お前はここにいない。なぜいつものように柔らかく笑んでみせない。 「……とりあえず、帰ったら仕置きだな」 姿も分からぬ、しかしきっといるのだろう敵を思い浮かべながら、ローはぽつりと呟いた。 <上陸三日目/16:30> prev / next [ back to top ] |