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<同日/15:16>

 なんなのこのムース超うめェ。おいシャチ、お前独り占めしてんじゃねェよ分けろボケ。てかとりあえず船長の分残しとけよ、お前ら。

 甲板でお土産争奪戦を繰り広げる白つなぎたちを、ミラは苦笑の目で見つめている。あるだけ全部買い取ってはきたものの、やはり十個では足りないようだ。ハートの海賊団はどちらかといえば少数精鋭の傾向が強い一味なのだけれど、流石に十数人以上は乗船しているのだから、それもそのはず。

「船長、これ船長の分っす」

 甲板の柵に背を凭れてミラと同じようにそれを傍観していたローには、この船のトップへの敬意としてだろうか、まるまる一つが差し出される。センスの良い皿の上で、鮮やかな紫色はあの店で見たときよりもずっと美味しそうに見えた。

「ローさんは、甘いものは平気なのですか」
「好んで喰いはしねェけどな」

 フォークをムースに突き立てて、ローはそのまま切り分けた半分ほどを一気に口へ運ぶ。頬を膨らませて忙しく咀嚼する様子が、まるで小動物のように見えるのだから不思議だ。ややあって、そわそわと何かを待ちわびているミラに気付いたようで。

「悪くない」

 ゆるりと、呟いた。

「紅茶が飲みたくなるでしょう?」
「馬鹿言え、コーヒーだ」

 他愛ない会話はぽつりぽつりと、秋の空気の中に溶け落ちていく。海岸につけた船から臨む光景は、その全体を覆うように彩っている赤やオレンジや黄の色味を、鮮やかに受容していた。正式な仲間になってから初めて上陸したのがこんなに美しい島ならば、自分はその記憶を、死ぬまで忘れないだろうと思った。忘れられないだろうと思った。

『お嬢さんもそのマーク見る限りは海賊なんだろ?』

 ただ。

 すこし、もやもやが残っている気もする。ローの仲間になりたい気持ちは、一片の嘘もない本心だ。それでも、海賊の仲間になるということが、言葉ほど綺麗に収まるものではないことだって、彼女はよくわかっていたのだ。海賊になるということは、すなわち、いずれ避けられない戦いに身を投じるということ。仲間のためならば、躊躇いなくひとを殺すということ。そして、そうならなければならないということ。

 海賊になる以上は、ある程度の戦闘能力を有していることが前提条件であるはずだ。それが欠片もない彼女は、ずっとずっと、悩んでいた。自分の無力さをどうにかして頭の隅に押しやろうと申し出た雑用仕事だって、一体何の代わりになるというのだろう。

 私は、本当にローさんの力になれるのだろうか。

 勿論そんな問いかけをすれば、思い切り不愉快そうな表情でもって、馬鹿を言え、と一蹴されるのだろうが、彼女はその問いを自身に尋ねることをやめない。やめられない。

「……ローさん」

 覚悟を決めなければ。海賊として、生きていく覚悟を。この人についていく覚悟を。

 なんだ、と目で先を促すローに、ミラはただただ微笑んで、首を横に振った。



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