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<上陸一日目/13:54>

 明るく活発な街だった。今日はパセリが安いよと声を張る八百屋の主人。小さな愛犬を連れた散歩中の婦人。鬼ごっこをしながら道を駆け回っている少年少女。緑溢れる風景に、モダンというよりはレトロな雰囲気を醸し出す建物の並びを見れば、成程確かにこの島が工業ではなく産業で栄えていることもよく理解できる。

 ハートの海賊団が上陸し自由行動を始めてから、すぐにミラはりんご畑へと行き先を定めた。彼女をひとりにするのは危ういということで、ペンギンとシャチ、それからベポというお決まりのメンバーが同行している。上機嫌で足早に街を闊歩する彼女の姿は、平素よりも彼女を余程幼く見せていた。「はしゃいでるな、ミラ」と耳打ちするシャチの声も面白がっているようだが、ペンギンにそれを咎めることはできない。彼もまた、同じなのだから。道すがら、いくらかチップを払えばりんごを取り放題の畑があることを聞いて、彼女の興奮は最早冷める術を知らない。

「アップルパイですね」
「おれはジャムがいいなあ」
「タルトとかもいいかもしれないです」
「すりおろしてカレーに入れるのは?」

 ……などと、採ったりんごをどう調理するかについてベポと熱く語り合っている始末。

 だからそのりんご畑に着いたとき、彼女はそれこそ子供のように目をきらきらさせていたし、そんな彼女が喜ぶことに、ペンギンたちもまた喜んでいた。ここ数日の魘されによる精神的負荷もまだ残っているだろうに、それでも気丈にふるまう彼女に、どうにかして肩の力を抜かせてやりたかったのだ。「一人300ベリーだよ。ああ、ペットは無料だがね」畑の管理人らしき男に紙幣を渡して、三人と一匹はりんご畑へと踏み入れた。

「すごい……!」

 そこに広がるのは、思わず息を呑むほど壮大に広がるりんごの木々。どこまでも続いているのではないかと、疑ってしまうほどに。

 歓声をあげながらベポとともに走っていったミラの背中は、みるみるうちに小さくなる。「はぐれるなよ」と声をかけてから、シャチとペンギンも一つの木に近寄る。木はどれも背が低く、手を伸ばしてジャンプすれば届く位置にりんごが実っていた。試しにひとつもぎ取って、二人はそれらを一口齧る。

「おお……!」
「これは……!」

 うまい! と、声が重なる。そうして二人は顔を見合わせて笑った。

「流石はメーラのりんご。特産品として輸出してるだけのことはあるな」
「こりゃたくさん採ってかねェと損だわ」

 離れたところで同じようにりんごに舌鼓を打っている女と白熊を確認してから、二人は次々とりんごを収穫していった。その半分はもれなく彼らの胃の中に収められていく。

 木々を揺らす秋風は肌寒く、彼らをゆうるりと取り巻いている。さあと靡く葉のざわめきに耳を澄ませれば、流れる時間が途端にゆっくりになる心地さえしてくる。ああ、ここは絶好の読書場なのだろう。ローが来ればきっと、気に入るだろうに。

 噂をすればなんとやら。ローがやってきた頃には、四人がりんごを採るのに躍起になってから、既に二時間が経過していたのだが。普段通り鬼哭を肩にかけぶっきらぼうに口をへの字に曲げた彼は、あまりにりんご畑の甘い匂いには似つかわしくなくて、笑えた。

「船長、今までどこに?」
「本屋だ」
「食べます? 美味いっすよ」
「……ああ」

 シャチからもぎたての果実をひとつ受け取って、齧る。新鮮だからだろうか、しゃりしゃりと鳴る音がとても軽快で、それだけで美味そうだ。そのまま木の幹に凭れて黙々とりんごを食べるローは、やはりどこか可笑しい。

「ローさん! いらしたんですね」

 そのとき、気の裏側からひょっこりと顔を出して、ミラが嬉しそうに笑う。いつの間にこちらに戻ってきていたのか。手に提げられた籠には溢れんばかりの赤が詰められていて、ローは答える代わりに嘆息した。

「……お前、採りすぎだろ。腐るんじゃねェのか」
「ふふ、これはとても日持ちする品種なんですよ。なんたってメーラ最大の輸出品ですから」

 頬に朱を滲ませ、得たばかりの知識を自慢げに披露するミラは、とても幼くて可愛らしい。「そうか」と小さく呟いたローもまた、その笑顔に絆されたのだろうか。ペンギンは、自分とシャチが積んだりんご、それからミラの籠を交互に見遣って、幸せな溜息を吐いた。これからしばらく、おやつはすべてりんごを使ったものになるのだろう。遠くない未来を思い描けば、また時はゆるゆると、しかし確かに、彼らの周りを動き出す。

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