30


 好きな食べ物は、甘いもの。それからあたたかいスープと、しっかり熟した果物たち。その中でも、ミラはとりわけりんごが好きだった。

「りんご畑、ですか!?」

 声を高ぶらせる彼女に、航海士であるベポが「そうだよー」とのんびり返す。テーブルを挟んで向かい合う彼らの間には、不器用な白熊が描いた地図がこれ見よがしに広げられている。

「次の島は、過ごしやすい秋島なんだ。街もすごく発展してて、それを支えてるのが名産品のりんごなんだって。だからりんご畑がいっぱいあるみたい」
「それは楽しみですね……!」

 存外話は弾む。ベポによれば、その秋島に辿り着くのはもうすぐのことらしい。着いたら何をしよう、やはりまずはりんご畑に行こうか、などと計画をたてる幼いふたりに、他のクルーは密かに癒しを得ているのだが、そんなことを彼らが知る術もない。

「ベポ、明日には着くと言ったか?」
「アイアイ、そうだよキャプテン!」
「そうか。シャチ、クルー集めろ」
「うっす、船長」

 悠々とご登場なさった主の姿に、食堂には緊張が走る。文句のひとつも言わずに船内を駆けていったシャチに、ミラは胸裏で感服した。ひとりひとりに声をかけていくのは大変そうだなと思いながら、手元の地図を覗き込む。

 "Mele Island"
 その秋島の名は、メーラといった。



「明日にはメーラにつく。買い出しと船番は先にも言った通りだ。ログは三日で溜まるから、その間は自由にしていい」

 ペンギンの言葉にざわめきながらも耳を傾けるクルーたち。今回はちゃんとその中に混ざって、ミラもうんうん頷いている。買い出しと船番は当番制のようで、それならばいつか回ってくるのだろう船番の仕事を、こなせる気がしなかった。例の如く傍観しているローは、やはり腹心の話に口を挟む気はないらしい。こういうことを放任主義とでも言うのだろうか。「ただ、」と、少し語調を強めたペンギンが、クルーの喧騒を治める。

「メーラでは、騒ぎを起こすのはなしだ」

 白つなぎたちは首を傾げる。「なんで?」と素直に訊ねたシャチだが、「なんでもだ」と返されてしまい口を尖らせた。流石にこれでは納得しないだろうと思い至ったのか、付け足された言葉はペンギン自身もしっくりきていないというように、どこか不確実な響きをしていた。

「メーラはフルーツが特産の輸出大国だ。一番有名なのはりんごなんだそうだが、他にもグレープやら梨やら色々栽培している。そして、それを気に入ってメーラを庇護下に置いている海軍のお偉いさんがいる」

 突如告げられた事実にクルーは絶句したが、「……という噂もある」と続けられた文言にがくりと脱力した。

「とにかく、メーラの状況が不確実な今、そこで騒ぎを起こすのは避けた方がいいってことだ。いいな?」

 はぁーい、と気のない返事をして散っていったクルーは、しかしそんな忠告よりもとにかく上陸が待ち遠しいらしく、さして落ち込んではいなかった。流石は海賊。つい先日まで一般人だった自分とは違うらしい。ミラは彼らを心から頼もしく思う。

 まだ見ぬ大地へ思いを馳せる彼らは、まだ、知らない。その島が、上陸すべき場所ではなかったということを。


prev / next



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -