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「なあミラ、トランプやらね?」

 というシャチの声を、背後に聞いた。振り向いたミラは、洗濯籠を抱えて甲板へとむかっている最中の様子である。潜水艦の特性故に、潜水中は勿論外干しができない衣服たちだから、今のような浮上中に出来うる限り洗濯を済ませておきたい、というのが、全会一致の希望なのだ。音楽家という立場を得ている彼女ではあるが、海賊としては致命的な"戦闘力がない"ことへの代償として、こうした雑用も引き受けていた。

 シャチの提案に目を輝かせたミラは、「やりたいです!」と喜んだのだが、すぐにその手に抱えている洗濯物に気付いて、肩を竦めた。しばらく黙考してから、口を開く。

「洗濯物を干すのを、終わらせてから参加してもいいですか?」
「もちろん!じゃあ待ってるな、早く終わらせちまえよ」

 にやりと笑ってから、シャチは部屋へと戻っていく。「寝室でやってるからな!」と言い残して、駆けて行った。その背中を見届けてから、ミラは小さく笑うと、また甲板へ向かった。足取りは、軽かった。



「さて、いいかミラ。これからやるのは、ハート式大富豪だ!」
「は、ハート式……!?」
「要は都落ちがあるだけの普通の大富豪だ。慌てるな」
「ペンギン、お前何ミラの味方してやがる!ハート式大富豪は皆孤立無援!信じられるのは自分のみのゲームだろ!」
「だからそれ普通の大富豪だろう。俺はお前らがミラを虐めないように彼女の手助けをしてやるだけだ」

 だだっ広い寝室の中心で輪になるのは、ロー、シャチ、ペンギン、ベポ、ミラである。ペンギンがミラの監督をしているため、実質のプレイヤーは四人ということになる。

「しかし珍しいな。船長がトランプに参加とは」
「……まあ、たまにはこういうのも悪くねェだろ」

 ゲームマスターも兼ねたペンギンが配ったカードを難しそうに凝視しているミラを、さらにローは嗜虐的な目で見ている。それこそが、ペンギンがミラの監督を申し出た所以ではあったのだが。船長がサディストであることは、船員の中では最早当たり前の事実だ。

「ダイヤの3持ってる人からだけど、誰?」
「……俺だな」

 低く呟いたローは、少し考えてから5のペアを二枚、場に出す。次のベポが7を二枚出し、シャチは悶々と考えた後でパス宣言をする。最後に番が回ってきたミラが、戸惑っているかのようになかなか手札を出さないので、どうしたとペンギンが覗き込めば。

「……なんだ、これ」

 ペンギンは絶句した。

「あの、本当に出していいですか?」
「何の確認だよそれ」

 けらけらと笑うシャチに、ばつが悪そうに微笑み返したミラは、ようやくカードを出した。8が二枚。強制流れの8切りである。

「8が二枚あんのか。ペアで使うってなんか勿体ねェな」
「いえ、それほど……」

 ミラがまた新たにカードを場に出す。そうして、今度は皆が絶句した。

「スペードの3、4、5、6、7、8、9、10、J。で、階段革命と、8があるので、8切り、です」

 発するべき言葉も、見つからなかった。

「あとKを二枚出して、あがり、です」

 次々消えていく彼女の手札に、ペンギンだけが笑っていた。最早彼女の独壇場である。しーん、という効果音がまさに適切であろう沈黙の空間は、しらける、というのではなく、ただただ圧巻だった彼女を大きく讃えていた。策略の素晴らしさではない、経験の多さでもない、彼女にこの劇的な勝利をもたらしたのは、紛れもなく運そのものなのだ。

「……まじかよ」

 彼女は、神に愛されているらしい。その事実を、彼らはいくら繰り返しても負けを許さない彼女の手札に、思い知らされることになる。

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