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「それでは、ミラの正式な乗船を祝しましてェ……! ほら、船長!」

「……乾杯」


 かんぱーい!
 後に続いて叫ばれる声たちは、音頭を取ったそれとは比べ物にならないほどに盛り上がっている。勿論ローとて海賊。宴が嫌いなわけはないが、自身が先陣切ってはしゃぐタイプではないというだけのこと。クルーも皆それを知っているからこそ、彼のテンションの低さ(あくまで外面だけだが)に文句をつけることがないのである。

 ところで、海賊の宴において大きな特徴といえるのは、主役が誰であるかを忘れがちということだろう。今回のそれは言うまでもなく、冒頭のシャチの科白の通りだ。しかしその彼女は、彼らの喧騒を珍しげに眺めながら、静かにグラスを傾けていた。あの様子では、中身がアルコールかどうかさえ疑わしい。流石に名目上主役だけあって、船長であるローの隣に座っていたりはしたのだが。

 同じく黙って酒を飲んでいた船長に、ミラはやがて口を開いた。彼の酒瓶に書かれた度数に、少し驚いてもいた。医者でも酒は飲むらしい。しかし、海賊が酒を飲まなければ、それはそれでなんだか妙な気もする。


「皆さんお元気ですね」

「皮肉ってるようにしか聞こえねェな」

「違いますよ、もう」


 きっと目新しいのだろう。彼女は、奴隷としての立場から海賊の喧しい宴を聞くことはあったが、仲間としてそれに参加するのは初めてである。パーティの類なら今まで嫌というほど連れ回された。それ相応のふるまいやマナーも身につけている。しかし、ここまで節操のないどんちゃん騒ぎは、かつて一度として見てこなかった。

 それが良い意味で、としたら、あの頃パーティに参加していた金持ちたちは、怒るだろうか。


「すごく、楽しいです」


 あまり酒が得意でないのだ、と密かに幹部にだけ打ち明けていた彼女は、形だけグラスに口をつけている。海賊の宴にはアルコールが付き物だと判断したらしい。彼女なりに、場を冷ますことのないよう努力しているのだろう。その気遣いが、ローには心地好かった。このような"周りを見る目"というものは、後天的に身につくものではないのだから。

 三分ほど中身の残るグラスをぼんやり見つめて、ローはふと思い立って、その中に液体を注いだ。おかわりを貰うのを避けての行為に対してそうされたミラは、ぎょっとして彼を見る。その唇はわずかにつり上がっていた。


「俺の酌が飲めねェか?」

「いっ、いただきます!」


 既に体内には熱が巡っている。これでは明日は二日酔いだろうなどと、彼女は半ば諦めた気持ちで、透明な液体を一思いに嚥下した。
 ……けれど。


「味が、ない……?」


 それには、甘みも辛みも何もない。酒の味さえも一切しない。ただ、喉をしゅわしゅわと駆け抜ける爽快感だけが残る。そうだ、これは。

 くつくつと笑いを喉で噛み殺しているローに気づき、ミラの顔が一気に真っ赤に染まった。嵌められた、と思った。


「ただの炭酸水だ、馬鹿」

「ひ、ひどいです」

「酒飲めねェなら無茶すんな。死ぬぞ」


 今の一気飲みのことを指しているのだろう。素直に頷いたミラに、「それでいい」とローは呟く。きっと彼は、どう足掻いても医者なのだろうな、と彼女は思った。どう足掻いてもピアニストである自分と同じように。

 ミラのために開かれた歓迎会は、やがて水平線から朝日が顔を覗かせる頃になって、徐々に終息へと向かっていった。


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