01


 世の中というのは理不尽と不条理から成り立っているものだ。そこに暮らす私たち人間には、どんなに納得できないことが自身の身に起きたとしても、それを受け入れる以外の術はない。偶々やってきた低気圧で波が荒れて船が沈もうが、偶々目についたという理由だけで人攫いに捕まろうが、最早起きてしまった不条理を私たちの意志で変えることなんてできはしないのだ。私たちはそんな偉大な力を持ち合わせていないから。

 大砲の音が、軋んだ床板を伝って響く、地震のようだった。頻繁に大きく傾く船。海賊の男たちの叫び声。ここは、地獄か何かだろうか。私は狭く暗い倉庫の一室に閉じ込められたまま、動けないでただそれを遠くに聞いている。背で縛られた手首に、ロープがぎりぎりと喰い込んでいる。薄い布で覆われた口は言葉を紡ぐこともなく、擦り切れた服の間から体温とともに動く気力も逃げていた。助けてと叫ぶにも、それを伝える手段など、残されてはいない。

 死ぬのかな、と思った。死ぬのだろうな、とも思った。ただ底冷えした地獄の中で、漠然と、寂しく思った。


ーーテメェは次の島で売り飛ばしてやる。精々自分の運命を呪うんだな

 船長らしき男が吐いた科白を思い出せば、もう怒る気力だってないのに、吐き気がした。売り飛ばされるときにはいっそ舌を噛んでしまおうかとも考えていたが、どうやらそんな痛いことをせずに済みそうだ。低体温症か、脱水症状か。医学には詳しくないが、もう丸二日ほど水を飲んでいない。その上その前までは散々男たちの慰み者になっていたのだ。もう喉の奥には一滴の水分も残っていない。

 男たちの足音が近付いてきた。かつん、かつん、と、ヒールの音がする。カウントダウンみたいだ。それが何を刻んでいるのかなんて、考えるまでもない。

 助けを乞う祈りなど、最早何の意味も持たないのだろう。私がここで死ぬことは、きっと気紛れな神様に気紛れに決められてしまった、捻じ曲げようのない運命なのだ。
 だから大丈夫。もう何も、怖くなんかない。

 扉と床の僅かな隙間から漏れていた光に、影が差した。ドアノブが軋む音がした。


 ああ、神様。
 この世のすべてを見通す力を持ったあなたよ。私の存在はきっとあなたのお気に召さないものだったのでしょう。私の人生はいつだって運命に振り回されてきた。最期の最後まで、あなたは私の望みなんてこれっぽっちも叶えてはくれない。
 けれどもう、終わりだ。
 あなたが大嫌いな私の存在も、これでこの世界から、やっと消え失せる。せめて来世ではもう一度だけ、幸せな運命をお定めください。それだけが、私の願いです。


 視界がぼやけていく。瞼が重くなっていく。死が近付いているのが、自分でも鮮明に分かる。私の瞼が完全に閉じ切ったとき、扉が嫌な音を立てて、ゆっくりと開かれた。


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