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 活気溢れる島だ。ローの速い歩調(脚が長いのも一因だろうが)の後につきながら、ミラは両側に立ち並ぶ店の数々を眺めつつ進む。アンティーク調の小洒落たカフェだったり、女子受けしそうな可愛らしい雑貨屋だったり、高そうなブランドの服屋だったりと、その種類は様々である。

 ふと、花屋の店先に飾られたジャスミンの花に、目を惹かれて立ち止まった。かわいい花だと思った、そのほんの数秒後、ハッとなってローを見遣れば、彼は数メートル前で面倒くさそうに彼女を待っている。先に行ってしまっていると思ったミラは、やはり優しい人だと胸裏で確信しながら、「すみません」と駆け寄った。


「あの花が好きか?」

「はい。ジャスミンですよね」

「ああ。茉莉花って呼ぶ地域もあるらしいが」


 へえ、と相槌を打つミラが、密かに驚いていることなど、ローは当然知るよしもない。確かに外見だけで判断するなら、彼のような男が花に詳しいなど誰も想像できないだろう。ただ、彼は医師であり、花から作られる薬もあるために、人より幾分その方面にも長けているだ。専門家やマニアのように、何から何まで知っているわけではない。


「行くぞ。花を愛でに来たわけじゃねェからな」

「はい、ロー様」


 ミラの言葉に、前に一歩を踏み出そうとしていた脚がぴたりと止まる。振り向いたローの顔は、呆れ半分、苦笑半分といったところだろうか。


「その呼び方は癖か?」

「えっ、あ、……お客様は、いつもこう呼んでましたので」

「俺はお前の客じゃねェ。様付けはやめろ」


 そういえば、あの演奏の前に『トラファルガー・ロー様』と呼んでからというもの、彼女の中ではその呼称が定着してしまったようだ。ローさん? トラファルガーさん? ぐるぐる頭の中をめぐる名前とミラは思案に暮れながらも、「頑張ります」と微笑んだ。どのみちこのままではいられないことは、彼女だってよく分かっているのだ。「それから、」ローは歩きながら口を開く。


「あいつらに演奏を聞かせるときも、様付けはするな。そのときは『客』でも、その後はお前の仲間だ」


 こくりと頷くミラに、ローは、それでいいと言うかのように口端を歪めて、笑ってみせる。


 ローがミラをクルーに誘ったあのとき、彼女は実質その申し出を承諾していた。むしろ歓迎している節さえあった。それがたとえ彼女のためでなかったにしても、彼女にとってローは、"自分を奴隷の立場から救ってくれた恩人"なのだ。恩人のために音を奏でられるのなら本望です、と、ミラは笑ってそう言った。

 ただし、事は彼一人のものではない。彼のクルーになるということは則ちハートの海賊団の一員になるということ。彼一人がミラの演奏を好んでも、クルーが気に入らないようでは元も子もない。


『私がクルーになるのは、この船の皆様に、演奏を聞いて納得していただけた、そのときでしょう』


 その科白に、ローが感心したのは秘められた事実。
 だから、ミラは"まだ"クルーではないのだ。



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