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「島が見えたぞー!」


 見張り台から一人の白つなぎが声を張る。朝とはもう呼べぬ、時刻は11時を少し回ったところ。彼らの主だけは、その夜型体質から正午までは朝だという理念であらせられるわけだが、それを証明するかのように、ローはまだ船長室で眠りの中にいるはずだ。甲板でのんびり風にあたっていたシャチは、見張りの声に「うおー!」と歓声をあげた。

 ミラを敵船から攫って早二週間。最後に島に上陸したのはそれ以上前ということになる。誰も彼も、いい加減大地が恋しくなってきた頃だ。

 大きくなる島の影を高揚した気分で見つめていたら、しばらくして、ベポがやってきた。可愛らしく首を傾げている。いくら人間の仕草を愛らしく真似ようが、それがあくまでただの模倣に過ぎないと知っている彼らは、特に絆されるようなこともなかったのだが。「どうかしたか?」と声をかけると、ベポはやはり解せないといった表情のまま、答える。


「あのね、今キャプテンに島が見えたよって報告しに行ったんだけど」

「寝てる船長の邪魔してバラされないのはお前くらいだなマジ。で、何て?」

「キャプテン、いつもはペンギンとかシャチとかおれとかと島回るけど、今回は着いてくるなって」


 それを聞いたシャチの顔の、間抜けっぷりといったら。「……は?」と首を傾げるシャチの仕草は、なんともおかしいことに、先程のベポの仕草とそっくりだった。


「ミラと回るんだって」


 その数秒後、シャチの絶叫が船内に響き渡ったことは言うまでもない。





「ログは2日で溜まるそうだ。海軍もいないから各々好きに過ごせばいい。出港は明後日の午後二時。それまでに船に戻るように。船番と買い出しの奴はちゃんと仕事を果たせよ。……以上」


 注意事項をすらすらと述べたペンギンが、隣に立つローに「他には何か?」と確認する。ローは愛用の刀を手のひらで弄びながら、前に集合し彼の言葉を待っているクルーを見渡した。その中に、ミラの姿はない。


「久しぶりの大地だ。好きなだけ遊んでこいよ、お前ら」


 沸き起こる歓声。よく分からない雄叫びをあげながら船を飛び降り島内へ駆けていくクルーたちに、ローもペンギンも半ば呆れたように笑った。「ペンギン!」と大地から呼びかける声に、「じゃあ俺もこれで」とローに断ってから、ペンギンは船を下りる。先程のローの指示通り、シャチやベポ、ペンギンは、ローに着いていくでなく、三人で回ることにしたらしい。あのとき驚きのあまり叫んだシャチが、ローにバラされたことは、まあ、ほんの余談であるが。

 さて、と、船から船番以外すべてのクルーが下りたのを見届けてから、ローは船内にむかって「出てこい」と言った。ぎい、と扉が軋む。わずかに開けられた隙間から、陽射しに輝く金髪が揺れた。


「もう全員下りた。俺たちも下りるぞ」

「あの、やっぱり私、船番でも、」

「戦えないやつに船番なんか任せられるか」


 早くしろ、と急かす彼に、恐る恐る顔を見せたのは言わずもがな、ミラである。ローの眉間の皺が深くなっていくのを見兼ねて、彼女は観念したように甲板へ出た。彼女はまだクルーお揃いの白いつなぎを身につけていない。白いシャツに黒いショートパンツという、ハートの海賊団においては少し違和感の残る装いである。もう死んでしまったが、以前乗船していた女戦闘員の"忘れ物"である。

 軽快な動作で船から飛び降りたローが、いつまでも後に続かない着地音を不思議に思って甲板を見上げると、ミラは呆けた表情で彼を見つめている。まさか。


「……すみません、下りれない、です」


 もうローは隠さずに溜息を吐いた。ミラはびくりと震え、再び「ごめんなさい」と謝罪する。いくら彼女が元来気丈な性格とはいえ、海賊に対する恐怖心はまだ消えてはいないらしい。勿論、それが普通であることを彼は分かっていたのだが、生憎いちいちそれを気遣ってやるほどの思いやりの心はない。一人のためにタラップを出すのもこの上なく面倒である。


「"ROOM"……、"シャンブルズ"」

「……ひ、っ……、え?」


 あっさり自分の能力でミラを船から下ろすと、ますます呆けた表情になった彼女をくつくつと笑って、「来い」と告げた。反論を許さぬ重い声である。さっさと街へ歩いていくローに、ミラは我に返り、慌てて後を追ったのだった。



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