15 ![]() 「ペンギンだ。食事を持ってきた」 重い扉を開けて中へ入ると、ミラは壁にもたれ膝を抱えて座っていた。今の今までピアノを弾いていた様子ではない。やってきたペンギンにももう大分慣れているらしく、さして驚くでもなくぺこりと頭を下げる。ペンギンも頷き、食事を摂るときのためにとベポが運んできたテーブルにトレイを置いた(ベポからすればそんな重労働でもなかっただろう)。 今日のミラの夕飯は、コールスローサラダ、海老と蛸のアヒージョ、それから少し焼いたバゲットだった。量こそ少なめであるとはいえ、勿論他のクルーが食べているものと相違ない(我儘な船長だけはパンが嫌いだというので、代わりに米を出しているけれど)。去り際に、「いただきます」と手のひらを合わせたミラの声を聞いたとき、律儀な子だと、そう思った。 「なあ、ミラ」 さっさと帰ると思っていたのだろう。突然かけられた言葉にミラは分かりやすく肩を跳ねさせた後、なんですか、と苦笑した。どうやら驚いたことが恥ずかしかったらしい。 「船長が、お前は"まだ"クルーじゃないと言っていたんだが、どういう意味か分かるか?」 ミラは目をぱちくりさせてから首を傾げ、「多分……?」と自信なさげに呟いた。敵船から連れてきたときと比べれば、随分物腰も柔らかになったものだ。彼女が次に発した言葉は、しかしペンギンの問いかけへの答えにはなっていなかった。答えたくなかったのかもしれない。 「ロー様には、死にたくなければクルーになれと」 「っ、またあの人は……。悪かった。あの人も怖がらせたかったわけじゃ、」 「いえ、怖がってなんかいませんよ。素敵なキャプテンですね」 照れ臭そうに笑うミラの、なんと優しいこと。彼女からすれば、辱めを受けた海賊とローたちと、さして差などないだろうに。「というか、素敵って、」まじか、と続けようとして吹き出しそうになったペンギンは、咽せたふりをして誤魔化してから平静を装った。あの人の普通じゃない度合いもよく知っているが、ミラもなかなかどうして普通じゃない。改めて「どこが素敵なんだ?」と至って自然に問うてみれば、彼女はまた笑った。 「あの人、私の演奏を聞こうとここに来たとき、『覚悟はできたか』って言ったんです」 「覚悟……? それって、殺される覚悟ってことか?」 ミラは首を横に振った。違う、と言いたいようだ。「それなら分からないな」とペンギンが手をひらひらさせて降参のポーズを取る。夕飯の湯気が霧散していく様子を横目に見ながら、そういえば飲み物を持ってくるのを忘れたと思った。そもそも、少なくとも最早奴隷ではない彼女をこの防音室に軟禁しているかのような状況がまずおかしいのだが。ペンギンのおどけた仕草にミラは楽しそうに笑ってから、「すみません」と口を開いた。 「私にも分からないです」 おいおい、そりゃあないだろう。 「でも、うまく言えないけど、あの人はちゃんと、音楽家としての私と、真摯に向き合ってくれた気がするんです」 ミラはそう言って、笑った。とても優しく笑う子だ。そうか、と返しながら、ペンギンも、素敵と評された男の姿を思い浮かべて、小さく笑った。 prev / next [ back to top ] |