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「キャプテン、どうしてミラのピアノ聞いちゃいけないのー? おれも聞きたい! キャプテンだけずるい!」


 船長室に押し掛ける面々の中で、白熊が一際大きく声をあげる。それを皮切りに、他の白つなぎもあれやこれやと不満を口にした。内容はすべてベポと同様、新しく船に乗ってきた女についてのことである。ローは至極面倒そうに彼らを見渡してから、盛大な溜息を吐いた。その手には、分厚い医学書。新しい知識に夢中の彼の邪魔をして、バラされないのが奇跡だなとシャチは密かに思った。

 ローが彼女の演奏を聞いてからというもの、彼女はほぼすべての時間をあの防音室で過ごしているらしかった。クルーは皆興味津々の様子で防音室の前まで足を運ぶのだけれど、入室を禁じたローの命令に背くわけにもいかず、ただただ唇を噛むばかり。防音室に篭っているのは他でもない、ミラ自身の意志ではあったのだけれど、どこまで音楽が好きなのか、それとも音楽が彼女の人格を構成する要素のひとつになっているのか。

 そんな彼女と接する機会は、食事を運びに行く役を逃せば、ほぼ皆無といってもいい。何も言われなかった彼女が防音室でブランケットも枕もなしに眠ろうとしてから、ローの腹心であるペンギンが、頃合いに様子を見に行く役を担っている。ローはあれ以来、ほとんど彼女に関与していないようだ。


「ペンギン、お前が行け」


 口々に落とされる不平不満の中で、前触れもなく呼ばれた己の名に、彼は思わず「……は?」と間抜けな声を漏らした。クルーの目が一気に彼に集中する。


「今日の夕飯、お前が運びに行けっつってんだ」

「何なんだ、突然……」


 ここのところは平和的解決手段として、食事係はその都度じゃんけんの勝者によって担われていた。じゃんけんこそ至高である。あれほど身分や筋力、性別、財力その他すべての個性を無視して執り行うことのできる戦争は存在しない。じゃんけんに置いては、運こそがすべてだ。これはシャチの持論であるが。


「というか、いい加減食堂に呼べばいいじゃないか。クルーだろう。あんたが認めたクルーに、俺たちがとやかく言うはずもない」


 すっかり静まった群衆が、ペンギンの冷静な言葉に腕を組んでうんうん頷く。んー、と返事だかそうじゃないのか分からない声を返したローに、ペンギンはもう仕方ないと、彼が読んでいた医学書を奪い取った。許してくれ、と、細められた目に心の中で謝る。こうでもしないと、医学に貪欲な彼のことだ、三時間は戻ってはくるまい。ローは深く溜息を吐いてから、「お前ら、何か勘違いしてねェか?」と言う。


「あの女がクルーになっただなんて、いつ言った?」

「……、え」

「あいつはまだクルーじゃねェよ」


 "まだ"という妙に含んだ物言いに、一同は首を傾げる。その隙に能力を展開して医学書を奪い返したローに、ペンギンはもう何を問うても無駄だろうと、先立って船長室を後にした。続いてぞろぞろと退出していく白つなぎの集団、その最後のひとりを横目で見送ってから、ローはまた医学の中へ意識を埋めた。



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