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 彼のもとへ突進してくるけたたましい足音を聞いた。時刻は午後三時をわずかに過ぎたというところ。食堂でのんびり珈琲を啜っていたローは、蝶番が壊れそうなほどの力でもって開けられた扉にあからさまに顔を顰めた。苦笑するコックが絶妙なタイミングでカップに注いだおかわりを少しだけ口にして、騒がしい来訪者をぎろりと睨む。来訪者は来訪者で、肩を上下させながら、声にならない声でひっきりなしに何かを訴えている。


「船長、船長船長船長! あっ、あの、あの女、あいつ!」

「あの女がどうした」


 比較的落ち着いていたペンギンが、息を荒げるシャチをおいてローのもとへ進み出る。船長である彼は本来ならば上座である奥の席に座るべきだが、面倒臭がって手前の下座に座っているのはいつものことだ。叩きつけるようにペンギンがテーブルに出したのは、数ヶ月前の新聞だった。その一面のトップを飾っている写真記事を見、ローは軽く鼻で笑う。写真の中で背筋を伸ばし佇んでいる女は、柔らかに微笑んで、手にトロフィーを抱えていた。モノクロ写真だというのに、なぜか華やかにも見える。

 誰がどう見たって違わない。写真の中で微笑む女は、紛れもなくミラその人だ。


『×××コンクール最優秀賞獲得、"天才"ミラ』

『ピアニスト、ミラ。シャボンディ諸島で演奏会』

『チケットは最低10万ベリー!? 人を惹きつける天性のセンスとは』


 それぞれの見出しを声に出して読んでから、最後の一文にだけ「高すぎだろ」と呟く。また穏やかな雰囲気で珈琲を飲み始める彼に、やっとのことで二人のもとへ追いついたシャチが「そうじゃなくてっ!」と反論した。ばんばんとその手で、新聞を叩く。

 ペンギン(とシャチ)が倉庫で新聞を漁ったのも、このためである。何処かで彼女の名前を聞いたのだとすれば、ローから情報を得る以外は新聞やラジオ等の情報からしかありえない。そう考えて保管してあった限りの情報を全て確認したのだ。そうしたら案の定だったわけである。得られた情報は予想だにしないものであったが。


「船長、アンタ分かってたんだろ? 初めて見たときから、あの女が世界的ピアニストのミラだって」

「当たり前だろ。じゃなきゃわざわざ奴隷の女連れてきて治療なんざしねェよ」


 そこなんスよ、とシャチが割って入る。流石に戦闘員だけあって体力はあるのだろうか、呼吸はすっかり平時通りまで回復していた。


「なんでそんな有名人が奴隷になっちまったんですかね? あの様子じゃ、あの海賊はミラがピアニストって知らないみたいでしたけど」


 首を捻るシャチに、ローは知らないと一蹴する。それはそれで当たり前だろう。彼女がピアニストである事実、それ以上のものは彼女本人に聞く他ない。「彼女は今どこに?」とペンギンが聞くと、ローは少しばかり考えるように口淀みながら、ややあって言った。


「閉じ込めてきた」



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