08


「熱は栄養失調の名残だ。栄養剤も点滴してるし飯はちゃんと喰ってるんだろ。いずれ勝手に下がる」

「いや、それはいいにして、船長結局何がしたいんすか?」


 こうしてローを呼びに船主室へと向かったシャチは、読書を邪魔されて不機嫌なオーラを全開にする彼と対峙していた。このようなときにも然程物怖じしないのは、ローも認めるシャチの強さの一つである。ああ? とどすの効いた声で返されても、シャチはやはり怯える様子はない。


「あの子、ミラって子。船長がわざわざ拾ってきて、その上あんな手厚く看病するだなんて、なんかあるんでしょ?」

「余計なことは考えるな。お前はあの女の面倒をよく見ておけ」


 一方的に話を終わらせて、また完全に他者を無視して本の世界へ沈んでいったローに、流石のシャチもこれ以上は無駄と判断したのだろう。失礼しました、と軽く声をかけて部屋を出る。答えの代わりとばかりに、部屋の主が真っ黒い珈琲を一口啜った。





 なんだかなあ、とシャチは思う。どうも釈然としないのだ。あの女は何者なのか。ペンギンが呟いていたのを聞けば、どこかで聞き覚えのある名前だ、とは言っていた。ミラ。残念ながら彼には少しも引っかかるところがない。もう一度ペンギンに聞いてみようか、もっと詳しく。しかし、あの様子では彼もぎりぎり覚えがあるだけで、完全に全てを理解しているわけではないようだ。全てを知っているのは、間違いなくローだけ。

 薄暗い廊下を歩きながら、シャチはキャスケット帽の上から頭を掻きむしった。なんだ、このもやもやした感じは。


「ああ、もう頭痛くなってきた……」

「普段使わない頭使って知恵熱でも出たか」


 背後からかけられた返答に、シャチはびくりと肩を揺らして振り返った。ブーツの踵を鳴らして歩いてくるのは、先程微妙に探してもいた、ペンギンである。つなぎのポケットに手を突っ込んで気怠そうに立っているのに、どこか様になっているのは彼の性格故だろうか。聞いていいものだろうか、と口ごもっていたら、先に切り出したのはペンギンだった。あの女のことか、と苦笑する。


「まあな。ペンギン、何か知ってるのか?」

「多分な。ただ思い出せないだけで、」


 それを今から確かめに行くんだ。

 にやりと口元を歪めてみせた彼に、シャチは首を傾げる。ペンギンに言っている意味がよく分からない。お前も来るか、興味があるなら。その言葉に彼は反射的に頷いて、ペンギンの後についた。

 そうしてしばらく歩いた二人が辿り着いた先は、新聞やローに捨てられた医学の論文なんかが溜めてある保管庫、資料室だった。


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