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調理場にいるときのだいさんには、話しかけたらいけない。
だいさんが気付いて話しかけてくれるときは答えてもいいけれど、自分からは話しかけてはいけない。
まちは幼心にそう思っている。
けれどどうしよう、今はへーたちゃんのおつかいのにんじんを持ってきたところなのに、だいさんは包丁で野菜に細かい細工をしているのだった。
畑では仲良しの見習いの板前さんがまだ収穫の途中だから、まちはもう一度戻らなければならない。
「………」
そっとだいさんの様子をうかがうと、きゅうりがみるみるうちに花びらを沢山つけた小菊になった。
「わああすごい!」
しまった、と思ったときには彼に見付かってしまう。
「なんだまち坊、にんじん持ってきてくれたのか」
勝手場の影に隠れていたまちの方へ振り返っただいさんは、布巾で手を拭くと鳥の足跡のように目尻に皺を作った。
こくんと頷くまちは、少しだけどきどきしながら竹で編んだかごに入ったにんじんを洗い場の下に置いた。
「だいさんの包丁はだいさんの手みたいだね」
土で汚れた自分の手は出さずにまな板の上を覗く。
きゅうりの小菊はまるで最初からそうであったように見えて、薄い花びら一枚いちまいがガラスのようにきれいだった。
「昼の素麺に入れてやるよ、それまでに平太の手伝いしてきな」
髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回されて、はあいと返事をする。
まちは、料理をしているときのだいさんの冷たい手が好きだ。



「…まちが食べないなら、僕が食べちゃうよ」
「だめー!」
せっちゃんと一緒に食べた素麺には約束通りきゅうりの小菊が乗っていて、せっちゃんが食べ終わってしまってもまちは長いことそれを眺めていた。




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