出水公平と付き合ってると他人に言うと、もらう反応は人によってばらばらだが、わたしの周りの親しい学友たち(彼女たちはボーダーに所属していない)はわたしの彼氏が年下であることに驚いて、長閑やかなアフタヌーンに興味津々に質問を重ねてきた。男女の恋愛において女が年上の年齢差は比較的他人の関心を惹きやすいものらしく、別の友人が三つ上の男の先輩に持ち帰られた話は一瞬の色めきで終わったのに、わたしの彼氏が二つ下と公表するや否や、途端に面白がるような顔の彼女たちの追求をしつこく受けなければいけなかったので、そんなに違うことだろうかと不思議に思ったものである。
 はじめに尋ねられた質問は「デートはどっちがエスコートしているの?」だった。それには「どっちも」と答えた。カップルなので当然といえば当然だが、わたしと彼の立場は年齢という点を除けば対等であるので、デートの行先も食べ物の気分もお互い気兼ねなく意見を言って、最終的には折衷したものに決められている。
 「じゃあ、お金は?」そのときそのときでどちらかが負担し、トータルで見ればお互いの負担金額は同等になるよう調整をしているつもりだが、精緻に突き合わせていくときっと彼の方がやや多く負担しているのではないだろうか。彼氏に奢られようという発想は一ミクロンもなかったけれど、わたしが伝票を確認する前に彼がすでに支払い終えているという場面が数回あり、その都度彼は「これはおれの奢りってことにしてください」と言うので、わたしも甘えてしまっている。もっとも、わたしより階級が上位の彼はわたしよりも収入が多いので、彼の身銭の心配はあまりしていない。
 ボーダー隊員であること、そのボーダーでも上位隊で活躍していることを伝えると、瀟洒なカフェレストランのテーブル席のなかで、へぇと感心したような彼女らの声がいくつか重なった。
「年下だけど、聞いた感じしっかりものの彼氏だよね。デートのとき以外もリードしてくれる?」
 この質問には何も考えずにうなずいた。まさに的確ともいえるくらい、彼との関係性について言及されていたからだ。
 立場は対等でも、気づいたときには彼が優位に立っている。記憶を遡れば、それは付き合う前から変わっていない。

 はじめて出水公平と出逢ったのは、二年ほど前。わたしはそのころ入隊したばかりのC級隊員で、彼はボーダーでは少し古参の部類に入る隊員だった。
 入隊日、自分の居場所もわからない本部基地のなかを宛もなくさ迷って、辿りついた先はラウンジだった。広く開けて、ひっそりとしているわけではないけれど、喧しくもない場所。陽の光が差し込まれなくとも、ちょうどいい明るさの天蓋の白光が淡く室内を照らしていた。
 出水は、角のソファ席のテーブルに突っ伏して眠りについていた。キャメル色の髪が自由に跳ねていて、背中がこんもりと丸くなっている。まるで日当たりのいい道ばたで午睡を決め込む猫のようで可愛らしい。
 ボーダーにもこんな少年がいるのだと、わたしはすこし安堵した。ろくに知り合いもいない場所に単身で足を踏み入れたので、まずはどんな人間がいるのか、気になって仕方がなかったのだ。
 だから、そのときの出水を、その後も鮮明に記憶していた。彼がランク戦に出ていれば自然と目で追ってしまうようになり、気づけば彼と他愛のないことを話すような仲になった。
 ある日、ラウンジで寝ていたすがたを見かけたことを話したのだが、「恥ずいんで忘れてください」と出水は居心地悪そうにしていた。わたしはずいぶん好意的に憶えているのに、と綿毛のように宙を向く髪先を見つめながら、口惜しく感じていたけれど、わたしが彼の立場だったらたしかに、恥ずいかもしれない。そのころはすでに、出水のことが気になっていたから。
「猫派なんですか?」
「うーん……どちらかというと?」
「へぇ」
 綺麗に出水の口の端が持ち上がる。ニタリと笑う表情の仕草も、こちらを見つめる三白眼も、何だか猫のようだった。
「じゃあ今度猫カフェ行きましょうよ」
「猫カフェ?三門にあるの?」
「さあ?でも、探せば近くにあるんじゃないですかね」
「ふうん……出水は猫が好きなの?」
「おれもどちらかと言えばって感じですよ」
 自ら誘ってきたわりには、彼の猫への探究心はわりと低いものだったので、わたしは面食らった。だったら尚さら、なぜ同じく探究心の低いわたしを猫カフェに誘ったのだろうと気になったが、やぶへびになることを恐れて、質問するのは辞めた。
 はじめて出水と出かけた先は猫カフェだったが、その後も彼に誘われてふたりで遊びに出かけることが続いた。彼は猫カフェのように、わたしとの会話のなかで次の出かけ先を見つけて提案し、わたしはそれに戸惑いながらも嬉々として受け入れていた。今思えばここから年下の彼のリードは始まっているけれど、出水とのデートで全身のぼせていた当時のわたしが気づくわけがない。もっとも、気づいていたところでどうにかできるほど、かしこくもない。
 生活に占める出水の時間が多くなって、自惚れでなくとも、彼からわたしへの好意はあると思っていたのに、なかなかわたしたちは恋人にならなかった。出水はデートの度に次のデートへ誘ってくるし、日夜こまめに連絡も寄越してくるのに、わたしに対して「好き」とか「付き合ってほしい」といった告白をすることがなかったのだ。
 言えるタイミングは何度もあったはずなのに、どうして……もやもやとした消化不良の燻りがわたしの胸の内を焦がす。明らかにわたしのことが好きで、わたしも出水のことが好きなことは恐らく出水も気づいているはずなのに。誘ってくる本人である出水がなにも言わないのなら、わたし自身も踏みとどまってしまう。
 もしかして、本気なのはわたしだけで、出水にたぶらかされているのだろうか?学生の身分でありながら、ロマンス詐欺の文字がふと頭によぎる。
「考えごと?」
 快速電車の車窓に流れる知らない街の景色を眺めていると、となりに座る出水が顔を覗きこんできた。出水の猫みたいな髪先は、後ろから薄橙に燃える光を浴びていて、ぎらぎらと眩しい。
「うん。考えごと」
「ふぅん。どんな?」
「………」
「言いたくないんですか?じゃあ、おれが当ててみようかな」
 ゲームをしている子どものように軽快な口調の彼に、心臓がドキリと跳ね上がった。顔を強ばらせるわたしをよそに、出水はくつくつと笑う表情を見せる。
「おれがいつ告白するのかな……とか?」
「……」
「アタリ?」
「……きらい」
「えぇっ、まだ告白してないのにフラれた」
「出水が悪い」
 じとりと睨むと出水は、ごめんなさいと形だけの謝罪を口にする。自分の考えていたことを見事に言い当てられ、からだがかあっと燃えるような恥ずかしさで居た堪れない。年上としての威厳が保てないのも、全部出水のせいだ。
「やだな、怒らないでください。べつに ミョウジさんをからかってたわけじゃないんです」
「じゃあ、どうして?わかってたなら……」
「だって、おればっかりのめり込んでもイヤじゃないですか。そっちにもおれのことをずっと考えて四六時中悩んでてほしいし」
 おれのこと考えて、頭のなかめちゃくちゃになってほしい。
 出水の言葉をゆっくりと咀嚼して、彼の目的を理解する。すると、チャイムのような機械音とともに乗降口が開いて、車両のなかの人波がぞろぞろと流れた。電車がふたたび動き出すころには、わたしたちが座るロングシートの周りは閑散としていた。ふたりを包む曖昧な沈黙は、決して居心地の悪いものではないけれど、この場所から逃げることを許してはくれない。
「……もう、なってるよ。出水のことばっかり考えてる」
 蚊の鳴くような声で、ぽつりとつぶやくと、となりの男が満足気な笑みを零した気配がしたが、羞恥で顔も見れなかった。代わりに、濃紺色のジーンズの上に置かれていた手のひらに、ひったくるように自分の手のひらを合わせる。ゆっくりと、彼の指が隙間を埋めるように繋ぎ合わさって、触れ合った皮膚の下からお互いの脈動が伝わってくるようで。
 甘い笑みを浮かべた出水が、わたしの名前をやさしくささやく。
「おれの彼女になってください」

 出水と付き合いはじめてから、なにかが劇的に変化することはなかった。ボーダー内では節度よく距離を保っていたこともあり、わたしたちをよく知らない新入隊員のなかには、わたしたちが付き合ってることも知らない人たちも居た。ただ、ひた隠しにしているわけでもないので、知っている人は知っている。迅はこちらが報告するよりも先に、おめでとうと言ってきたけど、彼に至ってはそもそも秘密にできる術はない。
 出水を知らない人に、出水と付き合っていることを打ち明けたのは今日の彼女たちがはじめてだった。学校も違えば、ボーダーのことも嵐山隊ぐらいしか認識していないので、留まることを知らない好奇心に、出水との馴れ初めから、スマホに保存されたデートの写真まで紹介しないといけない羽目になった。
 追求の果てにもらった出水への評価は「可愛い顔をしてる」「犬系みたい」だった。可愛い顔というのはわかるけど、わたしは初対面のときから出水を猫っぽいと思っていたので、犬系というのは共感できない。
「こんな彼氏がいるなんてあんたは幸せものだよ。絶対逃がしちゃダメ」
「そうなのかな」 
「そうそう。こんなに良い子いないよ?」
「彼氏が尽くしてくれるだけありがたいと思わなくちゃ」
 わたしは出水がはじめての彼氏だから、ほかの人と付き合うとどうなるかなんて、あまり想像がつかなかった。ただ、比較はできないものの、彼女たちの言う通り出水はわたしにはもったいないくらいのよくできた彼氏であることには違いない。絶対逃がしちゃダメという言葉を重く受け止めるわたしに、友人はさらに追撃の言葉を放つ。
「付き合って一年も経つとさ、マンネリもするし、気づいたらお互いの感情もわからなくなってくるから気をつけなよ」
「ま、マンネリ……」
「あるよね、進学と進級でお互いの環境変わると連絡が途絶え気味になるの」
「そこから浮気したりね」
「う、浮気!?」
 さっと全身から血の気が引いていく感覚がした。そういえば、最後にメールをしたのはいつだっただろう……今週もシフトのタイミングが微妙に合わなくて、顔も見ていない。今の自分たちの状況は、彼女たちのいうマンネリと浮気の兆候に、かすかに当てはまってしまっているのかもしれない。
 わたしからしたら、当然、浮気なんてするのもされるのもありえないと思っているけれど、出水は……いつもやさしく導いてくれる彼は、たまにそのことが嫌になったりしないのだろうか?もしくは、自分が接しやすい同学年や年下の女の子が可愛く見えていたり、しないだろうか……。
 ぐるぐると、頭のなかで終わりの見えない不信感がどぐろをまいて、視界を暗くする。一度考えてしまうとキリがなく、続けざまにあれもこれもと結びつけてしまうのだが、こうして勝手に疑って心穏やかでなくなるわたしの狭量さが嫌になってくる。
「……出水はそういう人じゃないけど、もし、わたしに愛想つきはじめてたらどうしよう」
 出水なしの生活が想像できないわたしが、出水にフラれては、ヘコむどころの表現では済まない。すべてを放り投げて地球の裏側まで旅に出かけてしまう。
「マンネリを解消するには、アレしかないでしょ」
 にたりと笑う友人が、にわかに声を潜める。なぜ急に声を小さくした?と訝しがんだのもつかの間、それは昼下がりのカフェレストランではそぐわない話題のチョイスに対して、彼女なりの配慮だったことを数秒後に知る。


 外はしとしとと絹糸のような細い雨が降り注ぎ、鈍い灰色の空があたり一面に広がっている。事前に見ていた天気予報では、雨は夕刻まで続くらしく、デートの場所をわたしの家にしておいたのは、やはり正解だった。出水とのデートは二週間ぶりくらいになる。
 部屋のテレビにネットフリックスを繋げて、適当なSF映画を流しながら、となりの出水の肩に寄りかかる。出水は栓の抜けた炭酸ボトルのような顔で、映画を眺めているけれど、感情の起伏がよくわからない。
 そんなに物語に集中しているのだろうかと気になって、床に置かれた出水の手を上から擦る。ほどよく厚みのある、綺麗に爪の生え揃ったこの手がわたしは好きだ。数秒、そのすべすべした感触をひとりで楽しんでいると、となりから呆れたような笑い声がした。
「映画、観ないんですか?」
 笑いを含んだ、甘ったるい声でわたしにささやく。依然として出水にくっついていると、彼は半身をよじり、わたしの耳のそばにある髪を指で掬った。
「かまってちゃんなの?」
「……うん」
「あれ、なんか今日は素直じゃん」
 どうしたんですか?と顔を近づける出水と、数秒、時が止まったように見つめ合う。わたしを映すやさしい瞳は、溢れるほどの愛念に満ちていて、その瞳に引き寄せられるようにわたしは唇を重ねた。
「……んっ……」
 唇の隙間を縫うように、出水の唇がやさしく食む。頬に手を添えられて、口を小さく開けば、遠慮のない舌が蔦のようにわたしの舌先を絡めとった。
「ん、むっ……」
「舌出して」
 出水の言われるがまま、ちろりと舌を差し出すと、彼の赤い舌に舐め回される。くちゅくちゅと唾液が油送される音が、顔のそばでいやらしく鳴る。
 出水は、背後のベットをちらりと見やり、キスを続けながらわたしの右腕を引いた。引っ張られる腕にからだを預けると、彼に抱き込まれるように立たされて、ベットの上に落とされる。呆然と座り込んでいるあいだに、出水はサイドテーブルのリモコンでテレビの電源を切っていた。
 機嫌よくわたしを見下ろす出水に、ゴクリと生唾を飲みこむ。今日一日ずっと、頭のなかにあったのは、あの友人たちとの会話の内容。近づいてくる彼に、わたしは意を決して声を発した。
「い、出水」
「なんですか?」
「あの、」
「うん」
「今日、わたしからしたい」
 鳩が豆鉄砲を食らったように、出水は目を丸くした。自分が言った言葉ではあるけれど、その言葉の恥ずかしさに顔から火が出そうだ。
「え?どうしたの」
「……いつも出水にやってもらってるから、その」
「ふうん。ちょっと会えなかった内に誰かに変なこと吹き込まれたのかな」
 何でも見透かしてるような、聡い出水の言葉にドキリとする。「まあいいや。面白そうなんでやってみてください」ニッとからかうように笑う顔が憎たらしい。
 恐る恐る、目の前の出水のからだをベットの上に押し倒す。出水は受け身に徹するのか、抵抗する素振りもなくわたしを下から見上げていた。
 クリーム色のダボついたスウェットに手を伸ばし、アンダーシャツといっしょに出水のからだから剥ぎ取った。「ナマエさん大胆」茶々を入れる出水の言葉を無視して、ワイドパンツのチャックを弄り、腰を浮かせてこれも剥ぎ取った。「おお」トランクス一枚になった出水が感心した表情でわたしを見上げている。
「そっちも脱いでよ」
「……」
「脱いでくれるとうれしいな〜」 
「……脱ぐから」
 たしかに、片方だけ服を着ていないのも可哀想なので、自分の服も同様に脱ぎ捨てた。出水に下からまっすぐに凝視され、気恥しいことこの上ない。
「それ」
「お、おろしたてです」
「うわ、すっげええっちじゃん……」
 透け透けの黒いレース生地に、胸元と両腰に大きなリボン、下はTバックになっていて全体的に布面積が少ない。普段のランジェリーブランドには揃えてない、豪奢なデザイン。そんなわたしの胸へ伸びる出水の手を、ぴしゃりと叩き落とした。
「ダメ、今日はわたしがするから」
「えっ!?触るのもダメ?」
「いいよって言うまでダメ」
「生殺し……」
 脱力したように天を仰ぐ出水のからだを跨ぎ、いそいそとトランクスを脱ぎとる。赤黒く腫れたそれに、両手を添えた。
 付き合ってから、数える程度しか咥えたことはないが、経験豊富な友人から教えてもらったテクニックとやらを思い出す。鈴口に小さくキスを落とし、唇を側面に滑らせる。雁首の溝をなぞるように、舌を這わせた。飴玉をイメージして、外周を舐め回しながら、裏筋をゆっくり指でなぞりあげた。足のあいだから出水の顔を見ると、何とも言えない表情をしている。
「出水、気持ちいい?」
「うーん、くすぐったい。ねえ、やっぱりおれも触っていいですか?」
「ダメ。出水をイカせるまで続けるから」
「はいはい、頑張ってください」
 出水は枕を二つ折りにして、奉仕するわたしのすがたを面白そうに眺めていた。竿の側面に唇を滑らせて、何度か舌で擦っているうちに、手のなかの質量が大きくなっていくのを感じる。大きく口を開けて、ずっしりと総身を咥え込むと、頭をやさしく撫でられた。
 項垂れるわたしのからだに、暇を持て余した出水の長い足が擦り寄ってきた。器用にも、わたしの裏ももからふくらはぎを足の裏でなぞってくる。
 自分から出水に触れているのに、出水のからだの感触を感じると、からだの芯がじんわりと疼くような熱を帯びていく。彼のを舐め続けているうちに、自分の身も心も火照っていることに気づいた。
 手元から口を離し、ベットから降りた。ハンガーラックに掛けられた出水のジャンバーのポケットから、彼の財布を取り出す。いちばん奥のカードポケットに、黒い個包装が挟まれている。
「着けてくれるんですか?」
 封を切り、呑気に悦ぶ男の股ぐらに手を添えて、スキンを上から宛がった。口を使ってずるずると膜を下ろす。
 出水の下肢を膝立ちで跨ぎ、自分のショーツのクロッチをずらした。手で竿を支えながら、秘部の境目にまっすぐと突き刺す。誰にも弄られていない彼処は、出水を受け入れられるようにすでに潤滑していた。
「んっ……はぁっ……」
「うっわ……マジでエロい」
 根本の奥深くまで一気に咥え込むと、からだに打ち込まれる楔の幸福な重量に、甘い痺れがからだの末端を駆け巡る。出水の肩を掴んで、倒れこもうとするからだを堪えた。
 両の膝に力を入れて、やおらに腰を上下に動かす。動く度に、ぬちゃりと粘膜の擦れ合う音がする。
「ふ、はぁっ、んっ」
「あー……気持ちいい。ねぇ、キスしよ」
「はっ、んん、」
 息も絶え絶えに、彼の唇に自分のを重ねれば、頭を抱え込んで激しく舌を交えてくる。興奮したふたりの熱い吐息が、お互いの顔にかかりあった。激しいキスの音と、下腹部から生まれる抽挿の音が、耳の奥を強く刺激してきて、頭がぼうっとする。
「ん、はぁっ、あっ」
「ちゃんと動かないと、ふたりともイけないよ」
「ぁ、やめっ、腰、うごいちゃっ」
 わたしの後頭部に添えられていた出水の手は、いつの間にかわたしの両腰を力強く捕まえていた。先ほどまでのたどたどしい動きとは全くちがう、強引な引力によってわたしの腰が打ち付けられる。ももがぶつかる乾いた音とともに、最奥の壁に雄茎が無遠慮に当たった。熱量を帯びた剛直が、柔い肉の隧道を穿いていく。
「あ、ゃっ、はぁっ」
「はは、おれを気持ちよくしてくれるんじゃなかったの?」
「う、あぁっ、ごめんな、さい」
「べつに謝んなくていいですよ。おれの上で喘いでるとこ可愛いし」
 生理的な涙で視界が滲む。出水は上半身を起こして、無様に喘ぎ声を漏らすわたしの口にやさしく口付けを重ねた。
「ねえ、なんでいきなりこんなこと始めたんですか?」
「………出水が、浮気しないように」
「おれが!?」
 出水は、不意打ちを食らったように呆気に取られた表情でわたしを見つめた。それから、気の抜けた乾いた笑い声をたてる。
「おれが浮気って……えぇ?」
「だって、マンネリしたカップルは浮気しやすいって……」
「ちょっと待って、おれたちマンネリしてたの?」
 心外だと言わんばかりに出水は顔を引き攣らせた。
 わたしだって、自分たちがマンネリカップルだと思ったことはなかったけれど……友人たちの言う通り、新鮮な変化がなければ、ふたりの関係が行き詰まってしまうような気がしたのだ。
 それを出水に直接説明するのは、何だかわたしに彼女としての甲斐性がないことを言っているようで、気が引ける。口を噤んだまま、明後日の方向を見やっていると、ぽすんと頭に柔らかい衝撃を受けて、少しして自分が押し倒されたことに気がついた。
「おれがあんたのことめちゃくちゃ好きなの、伝わってないの?」
「い、出水」
「違うでしょ、名前。呼んで」
 逆転した体制で、じとりとわたしを見下ろす出水に、生唾を飲みこむ。わたしにだけ見せる拗ねたように細められる目つきが狩場の野良猫のようで可愛い……。怒られているはずなのに、そんな緊張感のないことを考えていた。
「……公平」
「はい、よくできました」
 わたしが名前を口にすると、出水は満足気にわたしの眉間にキスを落とした。行儀のいい子どもを褒めたたえるときのようなキスだった。
「素直に甘えられないとこも、おれに捨てられたくなくて頑張ってるとこも大好きだよ。不安だったら、どれくらい好きなのか教えてあげるから」
 ブラジャーの肩紐をずらされて、黒布に覆われていた乳房があらわになる。彼の指がわたしの肌をていねいになぞっていくのを感じながら、わたしがリードを持つことは、結局無理な話だったんだと諦めをつけた。公平、なんて皮肉な名前じゃないか。わたしはずっと年下の彼に翻弄されている。

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