※因習村パロディ


 身も凍える寒さだ。かじかんだ手先に、許容できる冷たさを超えた痛みを感じていた。
 それにしても、ぼそぼそした手だ。栄養不良によって爪の中には白いスジがあちこちに差し込んでいて、ささくれがびらびら剥けかけて中身の肉壁が空気に晒されている。ただでさえそんな具合だったのに、足場の悪い山中を、道中、ふいによろめいてツタを引っ張ったり、そのへんの木に抱きついたり、四苦八苦しながら歩き進んだものだから、ぼそぼそした手はさらに土や泥で黒く汚れきっていた。せっかく、村の貴重な井戸水を使って身を清めてきたというのに。
 さらに言うなら、手だけではない。今、身につけてる革靴やチュニックだってそうだ。この日のために大枚をはたいて拵えたものなのに、今朝方卸したばかりの新品だったのに……今のわたしはまるで物影で泥水をすすりながら生きてる野良猫のような風貌だった。
(こんな格好でお会いして、怒らせてしまったらどうしよう……)
 門前払いを受けて山中にほっぽり出されるならまだいい。それよりも、不敬と捉えられて怒りの矛先が村に向けられるのが、なによりもおそろしい。先祖代々から、篤くつづいた信仰心と、相応に積み重ねられたと自負している信頼とやらが一瞬で水の泡になり、村の悲願が聞き入れてもらえないばかりか、罰がくだるようなことがあれば……。わたしはすぐに舌を噛みちぎって自決するしかない。ふもとに残してきた村人全員の命が今のわたしに懸けられているのだから、当然逃げることなんて考え及ばないし、自死も覚悟で挑まなければいけない。
 城壁のような森をやっと抜けると、視界が一気に開けて、そこは丘になっていた。陽はかたきしも見せず、鈍重なにび色の雲が空一面を覆っている。無造作に生え散らかした芒原が冷たい風になびかれて、穂先が雪の粒のようにきらめいて見えた。芒原の奥にはさらに白い門壁がそびえ立っている。
 丘のふもとに歩を進めていくと、邸宅へと続くだろう舗装された小道を見つけた。この山のなかで唯一見つけた道だ。山の主はわざわざ足で歩いて山から降りることがないからだろう。それでも、今までの繁茂した山中を女身ひとりで掻い潜ってきたわたしは、このなだらかな道のりをたどるだけで安心をおぼえた。
 ──そんな安堵もほんのひとときのものだった。道は途絶え、とうとう、邸宅の門に着いてしまった。
 門は施錠されておらず、呼び鈴もついていない。ちらりと柵の向こうを見やっても、人影ばかりか、本当にここにだれか住んでいるのか疑うくらい気配がしない。鳥の羽音も虫の呼吸すら聞こえてこない静寂が広がっていた。引手を回せばあっさりと門は開いたので、ためらいながらも、なかへと踏み入った。
 重厚な扉が目の前にある。邸宅自体古めかしい造りをしているが、かといって柱が朽ちかけているわけでも蜘蛛の巣が張られているわけでもない。時が静止したかのようにその風格を保っていた。人ひとりが住むにしては持て余すほどの大きさだ。生まれてこの方、こんなに格式高い邸宅もだだっ広い庭も見たことがない。
 息を深く吐いて、コンコンと、扉を叩いた。それでも静寂はつづいていたが、ここで易々と引き下がるわけにもいかない。
「水龍さま、どうか扉を開けてください。ふもとの村の者です」
 高ぶった緊張で声は震えていた。今になって足の力が入らなくなり、よろめきかけるのをやっとの思いで踏ん張った。ばくばくと弾ける心臓の音で耳の鼓膜が破れそうだ。
 そのとき、ぶるりと、一縷の風が足もとを撫で去っていった。曇天の空にはちぐはぐな、清涼で透き通るようなさわやかさを纏った風だった。
 間もなくして、ガチャリと、扉の向こうで鍵がひとりでに回される音が響く。わたしの呼びかけに応じてくれたということなのだろうか。この場における了解がなにもわからないけれども、たしかなことは、この場で立ち尽くし扉を眺めていてもだれも助けてくれないということだ。
 つららのように鋭利なつめたさが宿るドアノブに手を触れる。

 宅内は絢爛な家具や骨董品が立ち並ぶ。天井からはシャンデリアのあでやかな光が応接間の隅々を照らしていた。山の凍えるような風が遮断され、人が生活をしていくには順当なほのかな温かみがあった。
 玄関を通り過ぎて、廊下を渡った先の応接間のような空間に、彼はいた。そのすがたは『彼』と呼んでもいいくらいに、見た目だけは、いたって普通の人間の男性だった。──けれども、こちらを射止めんとばかりに見定めた切れ長の瞳には、やはり人間を超えた上位生物としての威厳と、わたし如きの一生涯を費やしても手の届かない高貴がありありと隠しきれないでいる。こちらを見下ろさんと彼の頭が動くと、目も奪われるほどきらびやかな燐光を放つその長い髪が枝笹のように揺れて、そのすがただけで気が遠くなりそうになる。
 村で崇められていた水龍のすがたを目にするのは、はじめてのことだ。
 まじまじと見つめるのは不敬だと思い、あわてて目を伏せる。床に膝をついてしゃがみこんだ。
「おもてをあげよ」
 重く響き渡る声。おそるおそる見上げると、すみれ色の無感情な瞳がこちらを見下ろしていた。
「村の者と言っていたな。何用でここに来た?」
 断罪するようないかめしい声を聞くだけで、胃のはしっこを棒でつつかれている心地がする。けっして失礼のないように、間違わないように……。頭のなかをぐるぐる回転させながら、か細く声を発した。
「水龍さまに、貢ぎものでございます」
「貢ぎ?どのようなものだ」
「ここにいる、わたしです」
 うやうやしく礼をすると、二三秒の沈黙が流れ、それから呆れたようなため息が聞こえた。
「私には人間の女を食らう習慣はない。人身御供とは、きみたち人間側が作り上げたならわしだろう。くだらない儀式に付き合う時間はない、帰りたまえ」
「……いえ、帰ることは……できないのです」
「なぜ」
「水龍さまに、お願いがあってここに参りました」
「……申してみよ」
「雨を、お恵みいただきたいのです」
 もう長いこと、雨が降っていない。
 草は枯れ、土は渇き、家畜や作物も育てられない。食べるものもすべて皆身銭を切って乗り越えているが、とうとうその我慢くらべの最中で村人が死んだ。それもひとりふたりではない。あけすけな土塊の上で供養されていた光景は今でも忘れられない。飢餓による死とは、あんなに干からびたように亡くなるのだと。
「…………そうか」彼はなにかを思案するような表情をしていた。ためらいがちに開かれた口で言葉をつづける。「しかし、それには問題がある」
「問題?」
「今の私は自由自在に天候をあやつれるというわけではない」
「……え」
 息を呑んだ。
「水をあやつる力は己の精神力に深く根ざしているが、私の精神は果てない時間とともにだいぶ摩耗してしまった。他種との共生を拒み、ひとりで生きると決めたことで、他者から心を揺さぶられることがなくなり痛みさえも形骸化してしまっている。無感動とは精神的な死と同義だ。この身が朽ちるまで、私はここで無味乾燥な時間を過ごしている」
「……………」
 彼の言うことに欺瞞はないのだろう。きっと、長い眠りのような諦念を抱きながら日々の終わりをしずかに待ち続けているのだ。彼の凛としたまなざしがわたしを捕らえて離さなかった。
「……きみの装いを見るに、ここまで来るのには苦労を要したようだが、私ではきみたちの願いを受け取ることはできない」
「………」
「もし、喫緊に必要であればこの部屋にある水瓶をかかえて下山するといい。この邸地内だけは水は潤沢に溢れている。私の事情を村の者たちに説明して理解を得ることを推奨する」
「……水龍さま」
「?」
「その、質問なのですが、たとえば水龍さまの御心を揺さぶることができれば、お力を取り戻すこともできるのでしょうか」
 やにわにすみれ色の瞳が見開かれる。しかと彼の面前で対峙するのには、苦い胃液のようなものが喉奥まで込み上げてくる心地がした。けれども、ここで引き下がってはいけないと、脳がかまびすしく警鐘を鳴らしていた。村の悲願のためには、物分りよく帰ってはいけない、あきらめてはいけない……。なによりここに来るときにもうわたしはこの心臓も体もすべて捧げてしまおうと、覚悟を決めていたのだから。

「あの……ただいまもどりました」
 貸し出されたバスローブをまとい、手短に乾かした髪先はまだ湿っていた。贄としての見栄えをよくするために奮発して揃えられたあのチュニックもワンピースも、結局脱ぎ捨てている。バスローブの下には、清めたばかりの裸がある。
 暖炉からパチパチと火の粉が飛び回る音が聞こえるのに、肌をじんわりとなぞるのはやけにひんやりとした冷気だ。部屋のなかに広がっているのは完全な闇ではなく、あいまいで安らぎさえ感じる静けさだった。この私室にいるだけで、幼いころ海へ素潜りをして遊んだときの記憶がふと蘇った。
 こちらへ来なさい。彼は手元の本を閉じ、自分のかたわら、おざなりにベットの上を叩いた。皺のひとつも見当たらない清潔感のあるベットだ。ぎこちない足取りで近づき、なめらかな手触りのシーツにゆっくりと腰をおろした。
 むりだ、耐え切れそうにない。どれくらいの時間を彼の元で過ごさないといけないのだろうか。もうこの距離ですら、口から心臓が飛び出そうになっている。
「きみは……本当にこれを望んでいるのか?」
「……はい」
「…………こんなことをしても私の力が回復する保証はない」
「……ですが、その、やらないことには……なにもわかりません」
「……………」
 沈黙がつづいた。なんて傲慢で馬鹿げたことを宣う小娘だと呆れているのか、はたまた怒っているのか……それとも……。
「顔を上げなさい」
 ゆっくりと、頭を上げた。彼はまっすぐわたしを見つめいていた。その瞳の奥には、ゆらゆらと、しずかな炎が揺らめいているように見える。星が燃えてなくなるときに放つ光のようなものが、彼の瞳に映り込んでいると、なぜかそんな錯覚をおぼえた。
「水龍さま……ん」
 腰を引き寄せられ、彼の胸元になだれ込む。されるがままに顎を持ち上げられて、口を吸われた。じっとりとした舌先の動き。温くざらついた人間の舌ではない。それよりも細く、しなやかで、わたしの舌先もすべて絡みとるような舌が口のなかでうごめいている。
(蛇……まるで、蛇とキスをしているみたい)
「っ…………ん」
「……はぁ、きみはなぜ」
「……?」
「なぜ、目を開けたままなのだ」
 てらてらと唾液で光らせた唇で、彼は尋ねた。わたしに口付けをしている彼の顔をまじまじと見つめてしまったのは、たしかに本当のことだけれど、彼だってわたしの痴れた顔を見ていた。
 それとも、人間のわたしが見つめるのはおかしなことだったのだろうか……。未貫通どころかキスもしたことのないわたしには、実戦経験というものがない。一般的な性知識は教えられていても、たとえばおよそ男女がどんな顔をしてどう振る舞っているとか、雰囲気的なものがわからない。
「……あの、村ではお夜伽の作法を長老たちに習いまして、水龍さまのような、高貴なお方に無礼がないように……」
「……」
「わたしがしてはいけないこと、というものが決められているのです」
「口付けの際に目を瞑ってはいけないと?」
「正確には、閨事の最中には必ず目を開けておくというきまりです」
「……他にはどんなものが決められているのだ」
「……みだりに嬌声をあげてはならない、お体に触れてはいけない、絶対に上に乗ってはいけない、あとは……」
「もういい、十分に理解した」
 さっきよりも強引に、口を塞がれる。
 奉仕する立場であるはずが、この舌の動きも、息を整えるタイミングも、彼に任せきりになっている。──それにしても、キスってふしぎ。自分の体の奥まで卑猥な水音が鳴り響いて、骨の髄まで染み込んで、びりびりと頭の奥が甘く疼く。彼の唾液が即効性の劇薬のようにわたしを惑わす。はたして、村の男とでもこんな感覚を味わえるのだろうか。
「……なにを考えている?」
 至近距離で見つめられ、ハッと我に返った。小さく囁かれたその言葉は、きっとなんの気なしに確認をされただけなはずなのに、わたしに有無を言わせない圧がたしかにあった。
「えっと……あまりに水龍さまとのキスが気持ちよくて……人間同士でもこんなにうっとりすることがあるのかなと」
 すこしだけ思い耽るように彼がまばたきをする。長いまつ毛が淡い色合いの瞳に影を落として伏せられていく、その一連のささいな所作すらも、わたしは見惚れてしまう。彼のどこを切り取っても、額縁に飾られた風景画のように揺らぐことのない美しさを保持している。
「さあ、どうだろうな」
 ふたりの間の空気がかすかに揺らいで、今まで無表情だった彼がふと笑ったような気がした。しかしそれを確認するよりも早く、彼の顔は背けられ、わたしの首元に押し当てられる。バスローブの襟の隙間から零れる肌を掬うように、彼の赤い舌先が這い寄った。
「……ひっ」
 ぞわりと、肌が粟立つ。彼はわたしの体に密着するようにして、首から胸元にかけて口付けを落としはじめる。清白なスズランのような香りがより濃く鼻腔をくすぐる。
 順当に、予定的に、彼の手はわたしのバスローブの襟に当てられた。いつでもたやすくめくられるタオル生地だ。上下ともにぴっちり服を着たままの彼と相反して、今のわたしはあまりに無防備だった。ここに来るまでの道中、自分の身につけていた服装が汚れてしまったことが気がかりだったけれど、どうせ裸に剥かれてしまうならたいしたことではなかったな……。と、今さらどうでもいいことがふと頭に浮かぶ。
「………ん……」
 するりと彼の手が裸の乳房を撫で上げる。冷たく、細長い指だ。その感触をわたしの直肌が受けるたびに、逃げ場のない異様な疼きが体を走る。自分の手で触れるときとはまったくちがう。まばらに数本の指を動かされる感覚がはっきりとわたしの体に植え付けられていく。
 指の先、伸びかけの爪と皮膚の谷間で、胸の先端を弾かれる。指の腹でつよく擦られたり、ゆっくりと周りを爪でなぞられたりして、ピンと張った先端がさらに大きくなっていくのがわかる。耐えきれないじれったさは嫌なはずなのに、まるでもっと彼からの刺激を求めているように体が勝手に反応をしてしまう。
 彼の舌が熱い吐息をともなって胸元へとくだっていく。つい、無様な声で叫びそうだった。あわてて喉の奥を締める。
「……っ、……」
「…………」
 自分の胸のいただきを彼が口に含むすがたは、なんとも奇妙でおそろしいものだった。村で散々と崇め奉られていた彼が、人間を超えた高明な生きものとして教えられた彼が、わたしの乳房を舌と指で弄んでいる。まるで乳のみ子のように……。──頭ではじつに背徳感をおぼえる絵だとみとめているのに、鼓動は思考と相反するように激しく震えていた。おろかにも、わたしはこの彼のすがたに昂奮をおぼえているのだ。
「………ん、あっ」
 思わず背中がのけぞる。ガリと、先端に歯が当たった。歯の先を押し当てただけの甘くやさしい噛み方だ。胸元を見下ろせば、彼の口元からちらりと牙のような歯が見えた。まぎれもなく、人ならざるものの歯だ。
 呆気にとられているうちに、太ももにあたらしく感触を受ける。彼の大きな手のひらが、花びらを一枚ずつ剥がすような手ぶりでわたしの足をさすっていた。自然な動きで足の片方を持ち上げられ、するするとその手が奥へと忍び寄るのを感じ、固唾を呑んだ。
 バスローブはもはや脱皮後の抜け殻のように邪魔くさく肩から背中へまとわりついているだけだった。おおっぴろげにされた胸は彼の唾液で淫靡に光っている。片足を広げられると、あっけなく秘部が丸見えになった。
「……っ、水龍さま……」
 本当は、見ないでほしいと乞いたい。彼の優美なまなざしの奥にわたしのあられのない部位なんて映しておいてほしくない。夫婦や恋人同士であれば、いやだいやだとごねてたんまり恥じらうこともできるだろう。けれどもわたしは貢女としてこの寝台に上がった身であり、彼はそんなわたしを思うがままに扱う立場にある。どんなに羞恥心に襲われようとも、彼を咎めることは許されない。
「……あっ…………っ」
「指は入ったがもうすこし慣らす必要があるだろう」
 しっとり濡れたそこは彼の骨ばった指もやすやす飲み込んでいく。ずぷずぷと音を立てながら彼の指が蜜壺の奥を荒く刺激すると、肉壁が指を食い殺すように締め付けた。差し抜きのたびに内ももがわななき、よどみなく愛液が溢れてくる。
「っ……はぁっ……」
 締め付けが甘くなってきた頃合いを見て、指を一本増やされた。今まで誰にも触らせることのなかったその孔は、もう彼の二本の指の太さに順応して、抽挿の動きにもよく慣れはじめていた。あまつさえ、奥をつよく何度も何度も押し付けられると、まぶたの裏側が白ばむような快感さえ感じてしまう。
 口を開けばだらしなく喘ぎ声が垂れ流されそうで、歯を食いしばるのに精一杯だった。歯の奥と眉間に力を込めると、さらに水音がわたしを攻め立てる。
「まだ声を出すつもりはないのか」
「……そういうきまり、ですから」
 彼はていねいに膣洞をほぐしながら、じっとりした目つきでわたしを見下ろしていた。感情の機敏がちっともその端正な顔に現れないので、彼が今どんなことを考えているのか、わたしにはまったく検討もつかない。そもそも、わたしごときの人間が彼の思考を推し量ることなんて無理な話だ。同じ人のかたちをして交わろうとしても、れっきとした種としての格の違いがある。
「………そうか。あくまでその滑稽な掟を遵守するというなら、そうするがいい」
「!……ぁ、なにを……っ」
 それはいきなりだった。いきなり、彼の頭がわたしの股の合間に落ちてきた。空いている方の手でどろどろになっている割れ目を広げられて、そのまま、彼の鼻先がくっつくまで近づけられる。予想だにしない展開に、とっさに腰を引いてしまう。
 しかし、それ以上に彼の指先は力強くわたしを握っていた。距離を置くことも叶わず、彼は指の差し抜きを辞めないまま、そそり立った尖りへ舌を伸ばした。真っ赤に充血した秘玉に、経験したことのない甘い戦慄が走る。
「……ぁあっ、だ、ダメです……!こんなこと……っ」
 蛇のように長くしなやかな彼の舌がわたしのそこを掬い上げる。押しつぶさんとばかりに舌先に込められた力は弱まる気配もなく、まるで乱暴にわたしの内側を暴いていくようだった。掠め取られるたびに腰ががくがくと震え、同時に隘路で蠕動を繰り返す二本の指をきつく締め上げた。
「……ぁっ……はっ……」
 なけなしに自分を守っていた余裕はすべて奪われる。苛烈さを増す快楽の波に立ち行かなくなっていた。気を抜いた瞬間に叫び出してしまいそうで、手の甲で口元を覆い隠した。
「ん……ふっ、あっ……っ」
 涙で目の淵が滲む。体の節々が痙攣をくり返し、頭は茹だるような熱に犯されていた。必死にシーツの波をかき集めていた爪先が震えて、この開脚する姿勢を保つのにも限界がきていた。
 天井から吊るされたシャンデリアの薄橙の光を、ぼんやりと彼の頭越しに見つめる。とめどなく襲う快感に震え、水龍さまの前であられもなく肌をはだけさせる今のわたしを、あの村の住民はどう思うだろう。わたしを無理やり生贄にして山の入口へ追い出した、あの人たちはなにを考えるだろう。
 ──くだらない儀式、滑稽な掟。彼が口にした言葉が山びこのように反芻する。彼がそうこき下ろしたのはわたしが生まれ育った故郷のならわしであるはずなのに、もはやそれに対して怒りも悲しみも、なんの感情も湧いてこないのだ。諦観に似た冷静がわたしの頭を覚ますたびに、もっともっと、激しく貫くような熱でわたしをめちゃくちゃにしてほしいと願っている。彼を、求めてしまっている。
「……ぁっ、水龍さまっ、もう……っ」
 気をおかしくしそうです。そう目でつよく訴えれば、ぷっくりと膨らんだ尖りを甘噛みされた。頭が真っ白になる。自分のなにかが決壊する。とうとう我慢できずに甲高い嬌声を部屋に撒き散らした。
「……水龍さま、申し訳、ありません……」
「なぜ謝る」
「こんなに、乱れてしまって……」
 村で事前に教わった話とちがう。こんなに一方的な快感で責められるのだとは思いもよらなかった。彼がわたしの対面で膝を立てて舐め上げるなんて、今にして思えばなんて罰当たりなことを許してしまったのだろう。しかも、体ではよがって、だらしない声まで出して……。
「きみをこうさせたのは私だ。頑なに声を我慢しようとするきみを見て……ふむ、謝るのはこちらの方だろうな」
「?どうして……」
「きみの虚勢を崩して、あられないすがたを見たいと思った。そのことが私の加虐心を助長させてきみに無理を強いてしまったようだ」
「む、無理だなんて!」自責を認めようとする彼に慌てて声を上げた。「そんな……無理やりされたとかではなく……」
「ではなく?」
「……わたしも、気持ちよくなって、もっと欲しいと思ってしまいました」
 羞恥と自己嫌悪。自分の発した言葉の端々からありありと彼を求める貪婪な欲望と、それを隠そうとしない傲慢さが現れている。供物であるわたしは、いつから、身分不相応に欲深くなってしまったのだろう。
 さすがに、おこがましく思われたかもしれない……。恐る恐る彼の顔を確認すると、彼は拍子抜けをしたように、呆気にとられてこちらを見つめていた。
「……………そうか」
 ぽつりと、彼がつぶやく。ただそれだけだった。
 今度はこちらが呆気にとられているうちに、彼は自分のシャツのボタンを外し、スラックスのベルトに手をかけた。こちらが手を出す間もなく、下着をおろす。
 躊躇なくおろされた下着から飛び出した──その光景を目にしたわたしは固まった。
「…………え?」
「龍族の生殖器は人間のものとは大きく異なっている。普段から私は一般的な人間の体に擬態しているが、本来の機能の性質上、ここだけは龍のもののままだ」
「……え、えっと……えっ?」
「驚くも無理はないだろう」
「そ、その……水龍さま、これはわたしのなかに入らないかと思います」
「問題ない。使用するのは二本のうち一本だけだ」
「そ、そうですか……」
 言葉で形容するにもまがまがしく、その存在自体が未知そのものだった。逞しく整えられた腹の筋肉の下に、それは生えていた。人間のように泰然と振る舞う彼の股ぐらに、明らかに人間のものではない男性器がある。
「その、まわりの棘は……」
「性行為に使うのは先端だけだからきみの体を傷つけることはしない。配慮しよう」
「あ、ありがとうございます?」
「正常位では挿入することが困難なため、後ろを向いてくれるだろうか」
 命令された通りに、四足で這いつくばって彼の方へお尻を向けた。ししどに濡れきった割れ目を彼の指がなぞると、背骨がびくついた。緊張でシーツを掴む手のひらに汗がにじむ。胸のなかを興奮と恐怖がいっぺんに押し寄せていた。
「……あっ」
 たしかに指ではない、固い異物がわたしの孔にねじ込まれていく。ぐちょぐちょと愛液を垂らしたそこに栓をするように、わたしの最奥をめがけてまっすぐ挿入された。めきめきと膣壁を圧迫する苦しさに足が震えた。
「さ、先っぽだけって……!」
「先しか挿れていない」
(う、うそ!?)
「ふむ……どうやらきみの体が順応してくれるまですこし慣らす必要があるようだ」
「あっ……ま、まって……!」
 腰を掴まれてゆっくりと上下に揺さぶられる。押しては引いて、緩慢な動きで処女の肉壁をほぐされていく。腹の底を蹴り上げられるような圧迫感に襲われ続けているのに、わたしの彼処は彼のものをぎっしりと咥えて離さない。自分の膜をこじ開けられる痛みはたしかにあるはずなのに、彼が腰を引くたび、訳のわからない声が口から漏れる。
「あっ……水龍さまっ……んあぁっ」
 体のすべてを溶かすような熱を流されているようだ。打ち付けられるたびに触れる彼の足はひんやりと冷たいのに、繋がってるところだけは熱くてたまらない。覚えたことのない刺激の渦に戸惑い、それでもされるがままに喘いでいる。この熱の塊でわたしの体が変容していく気がした。
「水龍さま、おねがい、もっと……っあ!」
「………っ」
「あっああっ……っ」
 揺さぶられる力が強くなっていく。それと同時に、背後の彼の呼吸も乱れていくのが、なんだか嬉しく思った。今、彼のことを気にしてる余裕なんてないはずなのに、彼がどんな顔をしているのか気になって仕方ない。
 突かれるたびに溢れる液の水音と、ふたりの荒れた息、わたしのかまびすしい叫び声。深い海の底のようなこの部屋の静寂をわたしたちは破壊していた。水龍さまの眠った心を震わせるという目的で、淫らに体を絡めあっている。
 律動の激しさとともに、彼の精が上り詰めていく。隘路を塞ぐ杭がぎゅうぎゅうに密度を増していった。頭をおかしくする快楽の狭間でこの行為の終わりを察する。
「す、水龍さ……んんっ」
 呼びかけた口を、彼が塞いだ。止まらない興奮を押し付けるように唾液を交じわせ、何度も角度を変えながら貪られる。シーツを押さえつける自分の手に彼の手がかぶさって、指の隙間を埋めるように繋がれた。あの、みっともなくぼそぼそしたわたしの手と……彼の彫刻のようにうつくしい手が、重なっている。たったそれだけのことが、わたしの胸をさらに熱くさせた。
「も、もう……ぁあっ」
「……っふ……」
「あっ!い、いっちゃうっ……!」
 バチンと、火花が散る。せき止められていた堤防が壊されて、激しい濁流のようなものがわたしのなかに注がれていた。電流が走ったように痺れる腟内を彼のもので埋め尽くされる。
 頭が空っぽになる。急激に疲労感と眠気が、色々な液体で汚れた体を襲ってきた。ぼんやりと霞む視界のなかで、彼の晒された肌を見つける。しっとりとして、冷たい。その冷たさがなによりも心地よくて、自分の頬をぴったりと寄せた。できることならずっと、この感触を味わっていたかった。──とつぜん、額にへばりついた前髪を払われる。そのやさしい指先が彼のものだったのか、確認しようとする前にわたしは深い眠りに落ちていった。


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