愛していた。
愛されていた。

この広い宇宙で、無数に存在する星屑の中、同じ場所、同じ時代に生まれたことがまず奇跡。
そしてその小さな世界で、それにしても大きな世界で出会うことの、確立。
更に、その度重なる一期一会の日々での、ただ一人だけに向けられる、愛。
想像すると、目眩がする。
きっと誰も、そんな事を意識しながら毎日を過ごしてなんかいないだろうけれど。
自分はその事実を思い出す度、体が打ち震えるほどの歓喜に見舞われるのだ。

愛していた。いや、今でも愛している。
自分が愛したのは血の繋がらない弟で、そんな弟もまた、兄である自分を家族以上に愛してくれていた。
一体どれほど、お互いの体温で慰め合ったことか。
ただ触れ合うだけではなく、ぐずぐずに溶けてしまいそうなキスを覚えたのは、いつ頃からだったろう。
山賊たちの目を盗みながらあの体を侵食し、そしてそれが許されていたという、あの愛しさと優越感。
心地いい。愛し愛されるということの、素晴らしさ。
それはもう手放し難く。まだ、もっと、ずっとと、一度覚えたら求めてやまない。

お互い曰くつきの親を持っているということで、豪傑な祖父の言い付けのまま、二人で立派な海兵になるのだと、あのときは信じて疑わなかった。
しかし、弟は。
ルフィは、


「エース、俺さ、海賊になるぞ」


何度も止めた。
一度言い出したら引かない弟だと分かっていたが、祖父と二人で必死になって止めたのだ。
それでも大事な弟は、17の歳に自分たちの目を盗むようにして、一人旅立ってしまった。

きっと、誰にも分からないだろう。
たった一つの大切なものを失った、この胸の苦しみなど。


「お前なぁ、お前…。もし海賊になっちまったら、俺と敵同士になっちゃうんだぞ」
「あー、そういやそうだな。エースは海軍に入るんだもんな。ま、当然だ。ししし」
「笑い事じゃねぇだろう。それでなくとも、そしたら俺とお前は離れ離れになるんだぜ?いいのかよ、お前はそれで」
「んー。でもどっちみちさ、いずれは離れ離れになるだろ?いつまでも二人ずっと一緒っていうのは、きっと難しいんだって村長も言ってた。それが大人になることだって。海賊ななろうが海兵になろうがさ、大人にはなるじゃん」
「……嫌だぞルフィ。兄ちゃんは嫌だ。離したくない。離したくない。ずっとそばにいてほしい。だから海賊になるなんて言うな。海なんかに出るな。どんなになっても離れないから。兄ちゃんは絶対離れないからな。だからルフィ、そばにいて。俺から離れていかないで、頼むから」
「エース、」


それでも、約束なんだ。
立派な海賊になって、これを返しに行くって。
だからごめんな。ごめん、エース。

そう言った弟の手には、あの麦わら帽子が握られていた。
そして弟は本当に、その数日後、島から出て行ってしまったのである。
最後の最後までその体に縋りついていた、この手を振り払って。























基本的に賞金首を捕える際は生死を問わないのだが、生け捕りにした場合はよほど特例でもない限り、裁判にかける決まりとなっている。
どちらにしろ海賊をやっている時点で問答無用で有罪なのだが、それでも死刑判決を受けるケースは思いの外少ない。

三年前にめでたく海軍への扉を潜り、半年前に異例の速さと年齢で少佐の地位へと昇りつめたエースは、ずっとある海賊団の行方を追っていた。
海軍入隊の折、ひょんなことで悪魔の実を誤って食してしまったエースの名は、その功績とともにこの広い世界で、「火拳のエース」という異名で知れ渡っている。
それはエースにとっては何のマイナスにもならなかったし、むしろ好都合だった。
エースが海兵となる少し前、海賊になると言って海に出てしまった弟の、そして今では「麦わらのルフィ」という名で賞金首のリストにあげられている弟の意識に、自分のこの存在が少なからず吹き込まれている筈だからだ。
海軍特有のマークが描かれた帆に、「炎」と上描きされたエースの船と鉢合わせをして、震え上がらない海賊などいない。
七武海の面々や、白ひげを筆頭とする四皇に対しては一目を置いているものの、それ以外の輩はエースにとって雑魚以外のなにものでもなかった。

先日、世界政府の暗躍部隊「CP9」を圧してエニエスロビーをおとした弟の首は、最早三億までに賞金が跳ね上がっていた。
それでも、それ相当の賞金首を次々と捕えてきたエースにとって、昔とは雲泥の差ほどに成長した弟といえども、やはり敵ではない。
確かに強くなったと思うし、筋も勘も良くなったと思う。
引き連れていた仲間もそれ相応に手強い者ばかりだったし、政府で名の知れている奴や、思ってもない能力を持っている奴もいた。
しかし、それでも弟はエースに敵うことはできなかった。
昔と同じ。ずっと強くなったし、技も磨いたようだけれど、エースの知る体に染みついたその癖は、なかなか抜けなかったらしい。

エースは、この姿形を見て目を丸くした弟の顔を、容赦なく殴り倒した。
考えていたよりもずっと手こずったけれども、一味もろとも這いつくばらせて縛り上げてやった。
捕えた海賊はすぐさまインペルダウンへと送りこまれる手筈となっているのだが、英雄ガープの実の孫であり、火拳のエース義理の弟であるという事実で、弟率いる麦わら海賊団は、一度エースの配属される海軍支部へと搬送されることとなった。

弟以外の仲間は、別の牢屋に全員揃えて放り込む。
弟の身柄は、色々と訊き出したいことがあると上に嘯いて、一人尋問室へと拘束した。
エースの手腕を信用している周囲は、エースのその申し出に何ら異論を唱えなかった。
今やエースだけに管理することを許されている尋問室への鍵を使って、片手に食事を乗せた盆を持ちながら、その部屋の扉を開ける。
エースが顔を覗かせると、立ったまま壁に背を預けて拘束されている弟が、海楼石に四肢を戒められたまま、傷だらけになった顔を力なくこちらに向けた。
当然だろうその顔に笑顔はなかったが、別段悲嘆にくれているでも、憤慨しているでもなく、ただきょとん、とした表情を浮かべている。
そんな弟に、エースが「飯だぞ」と笑って言ってみせると、弟、ルフィは少し複雑そうな顔をして、小さく頷いた。

「豚箱の飯だぁ、味なんかまともじゃないだろうが、相変わらず大飯食らいなんだろう?量だけははずんでやったからよ、食えほら」

両手を天井に向かって持ち上げている鎖を下ろしてやり、がくんと座り込んだその目の前に、食事を置いてやる。
ルフィは遠慮する様子も見せず、勢いよくメインの鳥肉にかぶり付いた。
久しぶりに見る弟の食いっぷりに、エースはその前に座り込んでにんまりと見入る。
島を出て行ったときよりもはるかに逞しくなった腕が、それでもまだ細くしなやかに、伸びたり曲がったりして筋や血管を浮き上がらせていた。

粗方食事をたいらげたルフィは、けほ、と咳払いを一つすると、口元を拭いながら真っ直ぐにエースを見つめた。
どこか険のある瞳の下にある、その傷痕さえ酷く懐かしい。
昔はよく、あの傷に沿って舌を這わせたりした。
その度に猫の目のように細まる、ルフィの眦が愛おしかったのを今でもよく覚えている。


ああ、今でも俺は、こんなにこいつを愛しているのに。
こいつはもう忘れてしまったのかな。あの燃えるような、それでいて真綿のように優しい愛しさを。

この海の彼方に、やっと麦わら帽子を被ったジョリー・ロジャーを見つけたとき、疼くように胸が弾んだ。
攻撃の最後に急所である顎を打ち、ぐったりと倒れ伏したその細身を目前にして、どれだけこの心が騒いだことか。
何年かぶりに対峙し、驚愕した顔で「エース」と名を呼ばれたときの、あの衝動をなんと言おう。
そしてそれに比例するかのように、沸き上がったその仲間への羨望と憎しみ。
手加減する理由など、最初から見当たらなかった。


食い終わったか?と言いながら立ち上がり、元通りに鎖を引き上げてルフィの腕を空中で固定する。
赤いベストとサンダルをボロボロにした弟は、楽しそうに自分を縛り上げるエースを見上げて「…俺の仲間は?」と訊いてきた。
エースはにやりと笑って、「気になるか?」と答える。
ルフィにしては珍しく、気まずそうに目を逸らした。

「…安心しろよ。ちゃんと生きてる。地下だが、全員牢屋で大人しくしてるぜ。念のため武器は全部没収してるがな」
「………」
「なぁルフィ…、一応警告しとくけど仲間のことより自分の心配しろよ。お前は三億の賞金首なんだぜ?このまま無事で済む訳がねぇだろう。インペルダウンなんかに放り込まれてみろ、地獄の方がマシだって目に遭うんだぜ?俺ぁさ、大事な弟にそんな辛い思いさせたくねぇんだ。そこで相談なんだが…ルフィ」
「……?」

だから言っただろ?海賊なんかになってもろくなことにならないって。
そうとは言わず、エースは恍惚とした心持でルフィの乱れた頭髪を撫でた。
部屋の中央にぽつんと置かれた机にはあの麦わら帽子が無造作に乗せられていて、弟はずっとそちらの方に視線を向けている。
エースにはそれが面白くなく、細いそのおとがいを掴み、無理矢理にルフィの顔を自分の方に向けさせた。

「この期に及んでお前は…こっちを見ろ!」
「ぃっ……!」
「お前はもう自由の身じゃねぇってことを自覚しろ…!なぁルフィ…ここで取引といこう。お前は自分の仲間が随分と大事みてぇだから、死なせたくはない筈だ。だが可哀想にな…、お前らは既に、一筋縄ではいかねぇお尋ね者ときたもんだ。正直あいつらの首なんざ俺クラスにもなると大した脅威でもねぇし、興味もねぇ。けどな、お前ほどともなると、そういう問題じゃなくなってくるんだよ。分かるか?…まぁつまりだ。あいつらにとって一番ついてねぇこと。それは“お前の船に乗っちまった仲間だ”ってことだ。一人一人の実力がでけぇもんじゃなくても、それだけでその首には相当な価値がつく。そんな奴等がインペルダウンなんかにいてみろ、男は陰惨な手を使って殺され、女は輪姦されて殺される。法なんかまったく関係ねぇあそこにゃ、うじゃうじゃいるんだぜ?お前らみてぇなのに嫉妬してる、それでいて馬鹿みてぇに強い有象無象が、ごまんとな」
「……エー、ス?」

エースのいわんとしているその意味がよく分からないのか、ルフィはそれでも不安そうに瞳を揺らす。
殴打の痕で赤や青や紫に染まっているその頬を手に包みながら、エースはにやける表情筋を鎮めることができずに、にやにやとルフィを覗き込んだ。

「…ルフィ、お前も知ってるよな?俺はもう少佐っていう地位にいて、しかもあのガープの義理の孫でもある」
「………」
「俺のこの口から放たれる言葉が、どれくらい権力のあるものだと思う?まぁこれは例えばの話だが…あるいは俺の一言で、あいつらの罪が根底からまっさらになるとしたら、お前ならどうする…?」
「………、」

あくまで例えばの話だが。
そう言うエースの目を、ルフィが目を見開いて凝視する。
このままでは確実に仲間が死ぬと吹聴された弟は、元来そんなに出来のよくない頭でそれを信じ込み、興奮で顔を真っ赤にしながら何度も首を縦に振った。

エースはそれにますます笑みを深めると、弟の顎を掴んでいた手を緩め、血の跡が残る首筋を撫でる。
明らかに性的な意図をもって動く指先に、ルフィの体は僅かだが確かに強張った。
ひくりと眉根が動く。やはり体は覚えていたらしい。この手の齎す感覚を。

「……なぁルフィ、仲間が大切なんだろう?お前は…」

鼻と鼻がくっつくくらいに近付いてそう問えば、弟は必死になってまた頷く。
その様がおかしくて堪らず、思い切り笑いだしたいのを寸でのところでおさめた。

「じゃあ、監獄なんかに送らせたくないよな?苦しみながら死なせたくなんてないよなぁ…?ん?」
「…うん、うんっ…死なせたくねぇっ…!あいつらを死なせたくねぇ…!そんなの絶対嫌だ…!」
「うんうん、そうだよな、そうだろうなぁ…。お前は俺の可愛い弟だ、お前の頼みならいくらでも聞いてやるから…だからルフィ、いいか、今から俺の言うことをよく聞けよ?」
「………?」

ルフィの、まだ丸みの残った頬を両手で包み込み、できるだけ優し気な笑みを張り付けて囁くように言った。

昔の自分が今の自分のこの姿を見たら、果たしてなんと言うだろう。
「こんなことをするために海兵になるんじゃない」と憤るだろうか。多分そうだろう。だってあの頃の自分は、この海賊時代の被害にあっている世界を平和にするために、海軍に入ると決めていたのだから。
決してこんなことに権力をふるうために、努力した訳じゃないと。

それでも、あの頃の自分にこんな未来のビジョンはなかった。
まだ純粋に祖父や海兵に憧れていたあの頃、自分の将来の夢には必ずこの弟の姿があった。
それを一瞬で、粉々に打ち砕かれたのだ。他の誰でもない、この弟の手によって。
あのときに、弟の自分に向けられる愛情が、自分の愛情とは違うものなのだと思い知らされた。
何故なら弟は、兄であるこの自分よりも、どこの馬の骨とも知れない赤髪の海賊との約束を選んで、海に出てしまったのだから。

昔の自分がこの事実を知れば、間違いなく今の自分と同じことをしようと考えるだろう。


「お前はもう海賊を辞めろ。これからは俺の言う通りにだけ動け。俺のためだけにその命を消費しろ。…それが条件だ。でなきゃあいつらは地獄行きさ」


そこに、良心や罪悪感、世界に向ける正義感なんてものは、とうにない。

エースは、愕然として動かなくなってしまった弟のその表情にどうしようもなく愛しさを覚えてしまい、小さな裂傷と火傷の残ったその額に、唇を押し付けた。













 一つの支部に何百人もの人間が集まる中でも、海軍での地位が高まると個室の使用が認められる。
軍曹から下は大体五人一組で一つの部屋を共同で使っているが、エースは少佐という称号が与えられているので、高層階の大部屋を一人で使っている。

アロワナが優雅に泳いでいる埋め込み式の水槽は、エースがこの部屋に来る前から設置されているものだ。
部屋の照明を消しても、そのアクアリウムの青っぽい光が、ぼうっと部屋中を曖昧に照らしている。
こういうのは自分の趣味ではないので、常々嫌だなぁと思っていた。魚の世話は支部の中の誰かが勝手にしているようなので、部屋の景観に邪魔なだけで不自由な思いはしていないのだが。

ある程度鎖に長さがあるので自由に動かせるものの、ルフィの四肢には相変わらず海楼石の枷がつけられたままだ。
その日の勤務時間を終え、エースが部屋の扉を開けると、弟は退屈そうに、ベッドの上でうつ伏せになりながら壁に取り付けられた水槽を眺めていた。
そりゃあ日がな一日何もせず横になっているだけでは、誰でも退屈だと感じるだろう。この活発な弟にとっては、おそらくそれもひとしおだ。
今までは特にいるものでもないと思っていたが、少しでも気分が紛れるならこの水槽も役に立っているのだろうと、最近では思っている。

昔、一日中外に出ていたエースが家に帰ってくると、弟は必ず笑って「おかえり」とこの身に飛びついて来た。
自分はそれをよろけながら受け止めて、よく苦笑いをこぼしたものだ。
あの日々と同じように、エースは今も部屋に戻ると「ただいま、ルフィ」と言う。
数年越しの弟から、笑顔も言葉も、返ってくることはもうないけれど。

ルフィは、海兵用の白い制服を着て部屋に戻ってきたエースを一瞥すると、小さな溜め息をついてすぐに目を逸らした。
久しぶりに会ったというのに、弟は自分と再会したその日から、ただの一度も笑ってはくれない。
離れ離れになる前の二人を纏う空気は、今となっては露ほどにも感じられなくなってしまった。
エースは内心苦虫を潰すような思いだったが、それでもそれを億尾にも出さずに、微笑を顔にたたえてベッドに横たわるルフィに近寄った。
こういう仕事をしていると、あらゆる場面に相応した表情を浮かべることが、自然と得意になってくる。
エースがそばに来て、ベッドに腰をおろしその髪を指で梳いても、弟はぴくりとも動かなかった。
指はそのまま、剥き出しになった滑らかな背中の筋に移動する。
爪先を走らせるように真ん中の窪みを辿ると、くすぐったいのか、背筋が僅かに戦慄いた。

「…おかえりくらい、言ってくれてもいいだろう?兄ちゃん、今日も仕事頑張ってきたんだからさぁ」
「………」
「なぁルフィ、兄ちゃんさ、お前のここの傷がすげぇ好き。この、左の脇腹にある…裂傷、か?これ。見る度にそそるんだよなぁ、何でか。お前に傷をつけやがった奴はぶっ殺してやりてぇくらい腹立つけど、この綺麗な肌に残る傷痕を目の当たりにするとな…、この全部にキスしてやりてぇほど、愛しくなっちまうんだ」
「……エース、」
「ん、何だ?ルフィ」
「そんなことはいいから…あのさ、いい加減服、着させてくれよ。ずっと裸だと、何となく落ち着かねぇんだ…」

ルフィのどこか遠慮がちな懇願にエースは笑い、「それは後でな」と答えると、肌理細やかな肌の上に無数に残る傷痕の一つに口付けを落とし、その軌跡を辿るようにして舌でなぞった。
少しだけ息をつめたような声で、弟が咎めるように自分の名を呼ぶ。
それには何も応えず、すべすべとする腰の辺りを撫でながら項に吸いつくと、ルフィは高い声音で小さな悲鳴をあげた。

「ああ…何年経っても、手に吸いつくようなこの感触は変わらねぇな…ほんと、」
「…エー、ス…!」
「ルフィ、兄ちゃんな、あれからもずっとお前を愛してたぜ?勿論、今も愛してる。この数年、何を求めてきたかと言えば…お前の笑顔が見たいって、また俺のそばで笑っていてほしいって、マジでそれだけだったなぁ…。だからルフィ、笑ってくれよ。仲間にはずっと笑いかけてきたんだろう?なら兄ちゃんにも笑ってくれよ、前みたいに。なぁ、愛してるんだ。ルフィはもう、兄ちゃんを愛してくれてないのか?」
「……エース…、俺は…」

何かを言いかけたらしいルフィの言葉を遮り、唇を塞いだ。
口付けを深くしながら肩を掴んで体を仰向けにさせると、手枷から伸びた頑丈な鎖が金属質な音をたてた。
首を包む手で顎を緩く絞ると、反射的に口が開いて粘膜と粘膜が交わる。
皮膚の感触も、舌の感触も、歯のエナメル質も歯列も唾液の味も、昔と何ら変わっていない。
ここ数日の間で、エースの胸は懐かしさによる陶然な思いで、いっぱいになっていた。
だらりと力の入らない細い腕は、シーツの上で死んでいる。
どんなに技を磨いても相変わらず薄い胸板は、緊張によるものなのかなんなのか、覆い被さるエースに向かって大きく上下していた。
淡い色で息づく突起を両手で弄り、途端にぷくりと膨らむそれの感触を楽しむ。
キスの合間に零れるルフィの声が耳を掠め、エースの呼吸も徐々に荒くなってきた。
エースの下半身に、じっとりとした湿った感触が走る。
胸の愛撫だけで反応してしまっている弟に、思わず含み笑いを漏らしてしまった。


「…体は忘れてないようだな、ルフィ」


唇を離し、自分でも自覚してしまうほどのにやけた表情でそう言うと、ルフィは気まずそうに上気した顔をエースから外した。
エースはその赤い頬を宥めるように撫でると、自分の重苦しいジャケットを脱ぎ、股間の前を寛げる。
半分ほど勃ち上がったそれを見せつけるように扱いてみせると、ルフィは今にも泣き出しそうな顔で濡れた唇を噛み締めた。
エースは高揚する気持ちのままに舌舐めずりをし、恥じらう弟を眺めながら先走りを飛ばす。
ここが簡素な山小屋だったら、完全に過去に戻れるだろうに。


「昔の俺たちに戻ろう…な?」


太股を撫でると、期待するようにその肌が震えた。
























弛緩した弟の体を跨ぎ、甘酸っぱい匂いのこもる脚の間に顔を埋める。
すっかり弧立してだらだらと涙を流しているそれは、エースの舌の上でどんどん熱を高めていた。

海楼石に戒められた能力者の体がどれだけ脱力するのかは、同じ能力者であるエースにもよく分かっていることなので、自分の誇張を含んでいるルフィに負担をかけぬよう、エースは自分で腰を動かす。
汗ばむ体が、激しい快楽により痙攣している。
自分の頭を挟む脚が無意識に閉じようとするのを押さえつけ、更に押し広げて未熟なペニスを吸い上げた。
喉奥に届く先端から滲み出る先走りに、濃い味が混ざり始める。
射精が近いのだろう。舌から聞こえてくるくぐもった声にも、高い旋律が多くなった。

「ぅ、ぐ…!ん、んぅぅっ…、ん゛っ、!」
「……っ…!…ぅ」
「…っふ、…ふぅ、…ふ、ん、」

エースの口腔で、ルフィが爆ぜる。
多量の精液が口の中いっぱいに広がり、音をたててそれを飲み込んだ。
愛しい苦味が、エースの細胞内に残る。
エースは、芯がなくなった弟の陰部にキスをして、絶頂感にぜいぜいと呼吸を乱しているルフィの口から熱を孕んだ自身をずるりと抜いた。
力なく開かれた唇から、いやらしく糸が引く。
それを見てますます下半身が痛くなったけれども、まずは段階を踏まなければと衝動を堪えた。

「…ルフィ、覚えてるか?」
「………」
「お前、俺とこういうことするようになったとき、俺はゴムだから、痛くねぇからっていつも言ってたよな?それってあれだろ?俺の指でさ、ぐずぐずにされるのが苦手だったんだろ?コレ入れるときと違って、自分だけよくなるのがやだーって。なぁ?」
「……エース、もう…」

傍らから、たぷん、と水の跳ねる音が聞こえる。あのアロワナだろう。
ルフィはびくりと、その方向に視線を投げた。
見られているようで落ち着かないとでも、たかが魚相手に思っているのだろうか。

「兄ちゃんはさ…お前をこの指で可愛がるの、すげぇ好きなんだぜ?自分はあくまで冷静なまま、いやらしく乱れるお前の姿を、好きなだけ眺めていられるんだからな…。中を弄られてよがるお前は、本当に可愛いんだ…自分で分かってたか?俺は離れてる間、いつもその光景を、夢にまで見てた」

語りながら自らの指を自分で舐め、唾液まみれにする。
その指を、花芯からの愛液で濡れたアナルに宛がうと、弟の華奢な体が大きく跳ねた。
予告なく、人差し指と中指を二本同時に根元まで突き入れる。
ルフィの首が仰け反り、苦しそうな喘ぎ声が聞こえた。
幾度か内壁を擦るように出し入れし、次いでぐちゅぐちゅと音をたてて中をかき回すと、最も過敏な前立腺を刺激された弟は、たまらないとばかりに首を振って嬌声をあげる。
紅潮した顔が更に赤みを増し、古い傷の残る頬には涙の筋が伝っていた。

じゃらり、鎖の動く音がする。
じゃらじゃらと、まるで泣いているように、聞こえなくもない。


「ぅあっ、ああっ!…ぁ、やだっ、それは、嫌だぁっ、あ…!」
「嘘つけイイくせに…。また硬くなってきてるじゃねぇかホラ…、」

鳩尾の下辺りにある中のしこりを嬲りながら、再び頭をもたげ始めたペニスを扱いてやる。
気持ち程度にしか動かない指が、よがりまぎれに必死にシーツをひっかいていた。
よく見れば、長時間重厚な手錠に拘束されていた四肢には、青黒い痣ができてしまっている。
エースはあまり暴れられないようルフィの腕を押さえると、弟が二度目の射精を果たせるまで、執拗に中を抉った。
目を見開き、快楽に我を忘れるルフィのその様が、愛おしく思えてたまらない。
時は確かに過ぎ去り、体は確かに成長を繰り返すが、それでも昔のままだと思った。

俺の弟は昔のまま、何も変わらず可愛くて、愛おしい。



くぅ、と引き絞るような甘い鳴き声とともに、しばらくあとルフィが今一度精液を放つ。
中で達すると、性器への直接的なそれとは違って、女のような長々しいオーガズムを味わえるらしい。
精液の放出もゆっくりと垂れ流れるようだし、出し切ってもまだルフィの体はびくびくと小刻みに震えている。
海楼石のせいで力の入らない体には、余計に辛い感覚だろう。
体中を侵食する快楽の波に、弟は真っ赤に染まった眉間に皺を寄せながら、ひたすらに耐えているようだった。

ひくつくアナルから指を引き抜くと、ふやけてぬるぬるに濡れている。
エースは、目を閉じて荒い吐息を繰り返しているルフィにゆっくりと覆い被さり、しどけなく開かれた唇に口付けると、指で皮膚を広げた入口に膨らみきった自身を押し付けた。
ぬぷ、とした感触がして、エースが少し腰を進めるだけでも自然と中が雄を導いていく。

「……く、…ぁ、エースッ…!」
「うん…ああ、熱ぃな……熱ぃっ…」
「ぁあっ…やだ、まだ…ぁっ、ダメ、だ…!ひ、ぃっ、」

この狭くて熱い肉莟に包まれると、いつもどうしようもなく安心した。
男である限り下半身の欲望は頭では止められないし、エースも、おそらくルフィもそれは例外ではないのだろうけれども、それでもルフィとの交わりは、それだけでは説明がつかないほどの何かを感じる。
体だけの快楽ではなく、言うなれば身の内からじわじわと沁み出てくるようなそれが、言葉で表現するならば愛なのだと思っていた。
この体のどこからそれが生まれてくるのかは定かではないが、それは確かに、触れ合う上での快楽を更に素晴らしいものに変えてくれる。
これこそが即ち愛というのなら、エースにはとても手放し難いものだ。
エースにとって、こんなに素晴らしいものを与えてくれる弟は、それこそかけがえのない存在だった。
ルフィにとっての自分も、そうであると信じていた。それなのに。

ルフィにはそうではなかったということ、か。
だって、そうでなかったら。
あんなに簡単に、離れられる筈など、ない。


「……なぁっ、ルフィ…何で…?」
「あっ、はぁ、あ…ぅうっ…!んっ、…ひぃ、ひっ、」
「何で…兄ちゃんから、離れて、海賊なんかにっ…なったんだ…?兄ちゃん、言ったよな…?言ったよな?行くなって…行かないでくれって…っ」
「…ぐ、ぅぁあっ、や、だ…っ!もっ…ぁだ…嫌、」
「何度も、言った…のに…!何で、兄ちゃんを捨てて、海なんかに出ちまったんだよ…!俺はこんなに、お前のこと、愛してたのに…!俺のことは、愛してなかったって、ことか…?なぁそうなの?そうなのか…?ルフィ…!」


どうなんだよ、何で、どうして、こんなに愛してるのに、
そうがむしゃらに腰を振りながら、立て続けに精を吐き出して力なく垂れている弟のペニスを、強く握り締める。
苦しそうにシーツを掴む腕がその瞬間戦慄き、じゃらりと鎖の音がした。


「……エ…スゥ…!もう、むり……、も、出なっ…!」
「…はは、無理って、何言ってんだよルフィ、」
「……ぁ、ぅ…っ…う、」
「今までどんだけ俺が…我慢してたと、思ってるっ…!たったこれだけで、終わると、思うなよ…?」


膝をベッドにつくまで押し倒し、がつがつと腰で中を抉る。
ギシギシとスプリングが悲鳴をあげ、粘着質な音とじゃらじゃらいう音がひしめき合う中、青い照明に照らされたアクアリウムから、またもちゃぷん、と水の跳ねる音が聞こえた。

前言撤回だ。二人だけの世界には、例え魚といえど邪魔である。

水槽に向かって火を放ったのと同時に、弟の中で一度目の射精を迎えた。
凄まじい肉悦の中、甲高いルフィの鳴き声と、硝子の割れる音が響き渡る。
床に墜とされた魚がのたうちまわってぴちぴちという音に、心なしかルフィが悲しげな顔を浮かべた。
それにすら腹が立ったので、何も感じられなくなるような獣じみたキスを、息つく間もなくしてやった。






















エースが部屋から出ると、ちょうど自分に用があったらしい下級の海兵が、走り寄ってきて敬礼をした。
「確認したいことが」と言うので先を促すと、いまだ地下に拘束している麦わらの一味は今後どうするべきかと尋ねられる。
大方、そろそろしびれをきらしたお偉方に、この支部を統括する将校が、いい加減にどうにかしろと苦言を呈されたのだろう。
エースはキャップを被り直しながら「そうだなぁ…」と笑うと、後ろ手に閉めた自室の扉をちらりと盗み見た。

「そんなこと聞くまでもねぇだろ。今まで捕まえてきた海賊はどうしてた?」
「は、拘束して間もなく、インペルダウンに移送される手筈となっております!」
「そうだ。その通り。ならどうすべきかは自ずと分かってくるだろう。な?海兵君」
「は、」
「俺の弟の手下どもってことであいつらには少しだけ特別な待遇を与えたが、基本的に海賊は監獄行きさ。明朝にでも全員インペルダウンへ移送しろ。逆らうようなら容赦するな。あいつら程度なら、生きてようが死んでようが誰も気に止めねぇからな」

エースがそういつもと変わらぬ笑みで言うと、目の前に佇む海兵が何だか微妙な表情をした。
この場合、こういう笑顔を浮かべるのは不自然であったか。
まだ頭の中が冷めきっていないのか、少し職務の対応に支障が出ているのかもしれない。

「は!承知しました!…しかし、少佐その…」
「何だ?」
「肝心の麦わらのルフィの身柄は、一体どうするおつもりで?もし明日、一味ともども移送すると言うのでしたら、その旨を将校にお伝えしないと…」


ぴき、と、海兵の体が硬直したのが分かった。
おっと、いけないいけない。つい感情が、目の奥に出てきてしまった。
脳の中を業務用に切り替えないと。この未熟な海兵に罪はないのだから。


「……あいつの処遇は、俺がどうにかする」
「…は、はぁ…。そうでありますか…」
「ああ、あー…明日の朝はむしろ、そうだ。君にゃもっと違う仕事を頼もうかな」
「は!何でありますか!」
「俺の部屋の割れた水槽、あれ片付けといてくれ。…あ、あとついでに、テーブルに乗ってる古臭ぇ麦わら帽子もな。色々と処理頼むわ」
「はぁ…あのそれは、お部屋の掃除をしろということで?」
「うん、そう。掃除」


いつもの笑顔を表情筋に張り付けた。
よし、今度はうまくいった筈。


「いらねぇもん、全部まっさらにしてくれ。全部、な」


何故なら二人を纏うこの愛に、無駄なものは何もいらないのだ。





































*****


子宮が痛いの麦子さんに相互記念として頂きました!
どどどどどうですか!素敵過ぎませんか…っ!!
海軍エールですよっ…!このド迫力の文章…!
文庫本を一冊読み上げたかのようなこのボリューム感…!
こちらの作品の作者であられる麦子さん自身も本当に素敵な方で
夢いっぱい萌いっぱいのラフテルサイトを運営されております。
そんな麦子さんのサイト様へは上記の濃いピンク字か、
BKMページからも飛べちゃいます*
麦子さん素敵すぎる宝物をありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします^^*
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