「ほつれてるよ、そこ」 私の言葉にカカシは「あ」と呟くと、自身が着ているベストに視線を落とした。 任務中に木の枝にでも引っ掛けてしまったのだろうか、忍のユニフォームでもあるベストの裾からは、ほつれた糸がぴょんと飛び出していた。 まるでカカシの跳ねた髪みたいだなぁと、それを見て、つい口元が緩んだ。 「ほんとだ。ほつれてるね」 「貸してみて。直してあげるよ」 「えーできるの?」 「できるよ。だから、ほら」 自信たっぷりに頷く私にカカシは渋々といった様子で「はい、じゃあこれね」と、ベストを受け渡した。 「任せといて」 受け取った私は、棚の奥で眠っていた裁縫箱を引っ張り出すと早速、針に糸を通し始めた。 「じゃあオレは本でも読んでいようかな」 カカシは愛読書を手に取ると、トン、と私の背中に寄り掛かった。 じわり。背中から伝わる熱が私を包み込む。 背後からは時折、カカシが本のページを捲る音が聞こえてくる。それはまるで、子守唄のようだった。 「眠くなっちゃうね」 「眠ったら針で指を刺しちゃうから危ないよ」 彼が笑ったことにより、小さな振動が背中に伝わる。背中の体温はあたたかく、心が解けるようだ。 私はそのぬくもりを感じながら、ほつれた箇所を丁寧に一針ずつ塗っていった。いつも何気なく見ていたベストだが、改めてよく見るとボロボロだ。 日に焼けてくすんだ緑色。直すまではいかないけれど、ほつれた箇所。 そして、褐色に染まった、血の跡。 もしかしたらこれは彼の血かもしれないし、知らない誰かの血かもしれない。 どっちにしろ、本人にしか知り得ないことだ。 「ありがとーね」 不意に、カカシの声が背中に掛かった。その声色がいつになく弱々しく感じたのは気のせいだろうか。 「別にいいよ。このくらい」 「違う。そのことじゃない」 「じゃあ、何に対してのありがとう?」 カカシはしばらく間を置いたあと、「んー、色々かなぁ」と、呑気に答えた。 「色々ってなによ」 「色々は、色々よ」 これ以上、訊ねても答えてくれる気がなさそうなので、とりあえず「どういたしまして」と答えた。 その間も私は布に糸を通してゆく。 彼が無事に任務を遂行できますように。無事に生きて、しわくちゃのおじいちゃんになるまで長生きできますように。 知らぬ間に声に出ていたようで、独り言を聞いていたカカシは、 「しわくちゃはいやだなぁ」 と、笑った。 その声は、本当に楽しそうだった。きっと彼は今ごろ、私の背中越しで満面の笑みを浮かべているに違いない。 彼の顔を想像すれば、私もつい笑みが零れた。 最後にぐるぐると針に糸を巻き付け、玉止めをしてからパチンとハサミで糸を切る。パッと目の前でベストを広げると、ほつれた場所は目立たなくなっていた。 「出来たよ」 「どれどれ」 彼は振り向くと、私が直した箇所をまじまじと確認した。 「うん。上出来。ありがとね」 それだけ口にすると、直したばかりのベストを羽織り、また私に背中を向けた。 私は用のなくなった裁縫箱を片付けようとして、手を伸ばす。だが、次に発した彼の一言に驚いて、手が止まってしまった。 「ま、なるべくお前の願いを叶えられるようにするよ」 咄嗟に振り返ってカカシの顔を窺う。 だが、背中を向けているため、見ることができない。私は先程の声を頼りに、彼の顔を想像した。 この声はきっとそう、照れた時の声だ。私に初めて好きだと告白した声と、一緒。 真っ赤に染まる彼の顔を頭に思い浮かべて、私は今日一番の笑みを零した。 ありがとう。 どういたしまして。 こわれないことば |