果たして、どうしたらいいものだろうか。

昨夜、あれだけアスマ達にどんな言葉で誘おうか頭を悩ませたのにも関わらず、一つも答えは出なかった。その間も刻々とチフユさんとの約束の時間が迫ってきているわけで、焦る気持ちばかりが押し寄せていた。

とりあえずアスマ達がいるであろう待機所まで向かおうと、いつものようにポケットに手を入れながら道を歩く。今日は非番なので時間に縛られることはない。その為、自分の足はいつも以上にゆっくりとした足取りだった。
頭上からは燦々と注がれる太陽の熱と布越しの頬を切る冷たい風が混じり合い、心地よく感じる。
この陽気だ。出掛ける前に干した洗濯物もすぐに乾くだろう。眩い陽の光を見つめて目を細めた。

かなりゆっくり歩いたのにも関わらず待機所まではあっという間に着いてしまい、ピタリと扉の前で足を止めて一つ、息を吐いた。
しばらくその場に佇んでドアノブに手を掛けて開けようと試みるが、なかなかできない自分に嫌気が差す。せっかくここまで来たのに、何やってるんだか、オレは。

「あら、カカシ?」

背後から聞き慣れた、落ち着きがある女の声が聞こえた。ゆっくり振り返ると一晩中どう声を掛けて良いか悩ませた相手、アスマと紅の二人の姿がそこにあった。
「今日は非番じゃなかったの?」戸惑いつつもそう問い掛ける紅に少しだけ安堵して、オレは平然を装い「そうだけど」と答えた。紅の隣にいるアスマは相変わらず煙草を口に加えてじっとオレを見ている。その目は明らかにオレに対して嫌悪感剥き出しの目だった。

「カカシどうしたの?入らないの?」

紅はいつまで経っても扉を開けずその場に突っ立っているオレを不思議に思ったのか、眉を潜めながら訊ねた。
一瞬だけ二人に目を向けるとオレは「いや、別に」と一歩出入口から退いて、待機所には入らず二人に扉を譲った。紅とアスマは怪訝な目をオレに向ける。そして遮るようにアスマはオレの目の前に立つと、ドアノブに手を掛けた。

「あのさ、」

オレは咄嗟に待機所に入る二人を引き止めた。二人の視線が一斉にしてオレに向けられる。

「…紅とアスマ、今日の夜は予定ある?」

オレの問い掛けにアスマと紅は一瞬だけ驚いた表情を浮かべると互いの顔を見合わせた。恐らく普段付き合いの悪いオレからの誘いに戸惑っているのだろう。二人の返答を聞く間に耐えきれず、足元に目線を落とした。

「…いや、私は特に。アスマもそうよね?」

オレの問い掛けに先に答えたのは紅だった。紅はオレの様子を窺うような顔をすると、真っ赤な紅を引いた唇をきゅっと持ち上げて微笑んだ。紅からアスマに視線を移せば、アスマは紅の言葉に困惑した顔をしながらも微かに頷いた。

「チフユさんが二人に話したいことあるんだってさ」

すかさずチフユさんの名を口にすれば二人は目を見開いて反応した。特に紅は「えっ」と小さく言葉を漏らすとたちまち彼女を心配する顔付きに変わり始める。
…本当はオレが半ば強引にチフユさんとアスマ達を会わせようとしてるんだけど。まぁ、この場合、仕方ないよね。

「…チフユのためじゃ仕方ねぇな」

ぽつり。溜息混じりに吐いたアスマの言葉は意外な答えだった。きっとアスマはチフユさんが心配というよりもチフユさんを思って落ち込んでいる紅の方が放っておけないのだろう。素直じゃないねぇ。思わずその言葉が喉まで押し寄せたが、余計なことを言ってしまえばせっかく取り付けた話も全て水の泡になってしまうと思い、ぐっと呑み込んだ。

「珍しいな。お前が私情で誰かのために動くなんて」

アスマは驚いたような目を向けると皮肉だか褒め言葉なんだかどっかちつかずの言葉を放った。武骨でアスマらしいその言葉がおかしくて思わず口元が緩む。オレは「まぁね」と冗談気味に笑えばアスマも釣られてふっと紫煙を吐き出しながら笑った。

「じゃあ、今夜の7時、この前の居酒屋集合ね」

約束の時間と場所を伝えると二人は頷いて待機所に入って行った。バタン。閉ざされた扉の音を聞くなり、どっと一気に疲れが押し寄せた。

ーーとりあえず、約束は取り付けた。あとは彼女次第だ。

今の時刻を確認すればまだ昼前だった。約束の時間までは充分にある。昨晩眠れなくて寝不足だったオレは自室に戻り、仮眠でも取ろうかと来た道を引き返した。



***


ドサリ、何かが落ちる鈍い音と同時に視界が明るくなった。閉じていた瞼をゆっくり開けてみると照明器具の明るさが眩しくて思わず目を細めた。ーーいつから寝ていたのだろう。体が痛い。
ソファから起き上がり、組んでいた足を戻して床に着けると何かが足の指先に触れた。訝しげに思い、足元を確認すると先程まで読み耽っていた書物だった。恐らく照明の明るさを遮る為に顔を覆っていた本が何かの弾みで落ちたのだろう。
拾い上げてソファの隅に置く。何気なくベランダに続くサッシ窓に目を向けると陽が傾き、外はうっすらと暗くなりかけていた。
ベランダに干された洗濯物は部屋の照明に微かに照らされ、夜風に吹かれながらゆらりと揺れている。
取り込むのを忘れていたと慌ててベランダに向かい、サッシ窓を開けてサンダルを履く。ハンガーに掛けて干してある忍服に触れると日が暮れたことにより夜露が降り出したのだろう、若干湿り気を帯びていた。せっかく干したのにこれでは台無しだ。はぁ、と溜息を一つ吐く。

え、ていうか今何時?

壁に掛けてある時計の針に目をやればもうすぐ夜の7時を指していた。これはちょっと、いや、かなりマズイかも。焦りながらも適当に洗濯物を取り込んで、ソファの上に放り投げる。衣服に皺が出来てしまうが、畳んでいる暇などない。無造作に積まれた衣服を横目にしつつ、オレは玄関に向かった。

サンダルを履いて外に出れば廊下から窺える景色は先程よりも暗く、星の数も増えていた。より一層、焦燥感に駆られて落ち着かせようと冷えた息を大きく吸い込み、約束の場所まで足早に向かった。


***


居酒屋に着くと店内は賑わっていた。ガラガラと戸を引く音は活気溢れる店内の音であっという間に掻き消されてしまった。乱れた息を整えながら店内を見渡す。ーーいた。
見慣れた二人の後ろ姿と二人の向かいに座るチフユさんの姿。オレは三人が座る席にゆっくり歩み寄った。段々と近付くにつれ、三人の会話が聞こえて来る。

「オレたち付き合ってるんだ」

はっきり聞こえたのはアスマの声だった。すかさず「えっ」とチフユさんが驚嘆の声を上げる。どうやら会話の内容からするとアスマと紅が付き合い始めたことを彼女に報告しているようだった。

「つい、最近の事なの」

照れ臭そうに弱々しく声を発したのは紅だ。こちらに背を向けていて顔は窺えないが、きっとオレに報告した時と同様、顔を赤らめているのだろう。チフユさんは紅の顔を見るなり「良かったね」と興奮気味に何度もその言葉を口にすると頬を紅潮させていた。え、そんなに嬉しくなるものなの?疑問に思いつつもオレの存在になかなか気が付かない三人に痺れを切らし、一通り会話が落ち着いたであろうタイミングを見計らって声を掛けた。

「ホント、よく高嶺の花を落とせたよね。アスマ」

オレが発した声に反応した三人は一斉にしてオレへと視線を向ける。余りにも三人の表情が共通して驚嘆に満ちた顔だったので思わず口布の下で小さく笑ってしまった。アスマに至っては口を開けたままで、加えた煙草が落ちそうだ。

「いつからいたんだよ、お前…」
「2、3分前から」

アスマの問い掛けに毅然として答えると空いていたチフユさんの隣の席へと座った。今日は彼女と顔を向き合わせる真正面ではない席で良かったと安堵する。

「チフユさんはともかく、忍として注意力欠けてるんじゃないの?お二人さん」

ほっとした気持ちを隠すようにアスマと紅に言葉を投げるとテーブルの隅に立て掛けてあったメニュー表を手に取る。開いて、しばらく眺めるとアルコール一覧の一番初めに書いてあった酒の名を口にした。

「オレ、とりあえずビールで」
「お前なぁ、遅れてきて一言謝るとかないわけ?」

間髪入れずアスマはオレの態度を咎める。オレはアスマを無視して、壁の張り紙に書いてある、以前は食べることが出来なかった秋刀魚の塩焼きの文字を眺めた。秋刀魚の塩焼きだったらビールじゃなくて熱燗がいいなぁ。

「まぁ、みんな揃ったし、とりあえずビールにしましょう」

空気を変えるよう発した紅の声が響き渡った。『やっぱり熱燗がいい』言おうとしたが、紅は早々と店員を呼んで4人分のビールを注文してしまった。まあ、次の注文の時でいっか。諦めて、オレは再び開いていたメニュー表に目を落とした。

「…あの、私、みんなに言わなくちゃいけないことがあって」

唐突に話しを切り出したチフユさんに驚いてメニュー表から彼女に視線を移す。彼女は自分で話し出したのにも関わらず、固い表情を浮かべるとすぐに俯いてしまった。
ふとテーブル下に窺えた、彼女の膝の上に置かれた握り拳がぎゅっと力が込められる。
ーーもしかして今から言うつもり?酒を飲んでからでも良いのに。彼女の話し出すタイミングに驚いて、オレは開いていたメニュー表を閉じてテーブルの上に置いた。

「話があるんでしょ」

そっと彼女の背中を押したつもりだったが、彼女は怯えたようにびくりと肩を震わせた。しばらく俯いていた彼女だったが、意を決したように顔を上げると真一文字に閉じていた唇がようやく開いた。

「実は私の父、浮気して出て行ったの。その事をこの前話そうとしたんだけど話せなくて…話して嫌われるのが怖かったの」

チフユさんの声は震えながらもはっきりと耳に入った。紅とアスマはしばらく彼女を見つめている。二人の表情は放心したようにキョトンとしている。

「嫌いになるなんてなるわけないじゃない」

紅は優しく語りかけるようにチフユさんに声を掛けた。彼女は項垂れていた頭をゆっくり上げて紅を見る。その瞳は少しばかり潤んでいた。

「言いづらかったわよね?気が付かなくてごめんね、チフユ」
「そんな事でチフユを嫌いになったりするわけねーだろ」

紅とアスマが口にした言葉はオレが予想していた通りのものだったので、特に驚くことはなかった。
…だから言ったでしょうよ。チフユさんに目を向ければ彼女の目は先程よりも赤く充血していて、今にも涙が零れ落ちそうだった。しかし彼女は必死になって涙目を隠そうとしていたのでオレは見ないふりをした。
丁度よく店員が4人分のビールを持ってきたところでようやく彼女がほっとした表情を浮かべた。それぞれのビールが目の前に置かれる。ヒヤリとしたジョッキグラスが指先に触れると冷えた指先がより一層、冷たくなった。やっぱり熱燗にしとけば良かったと少し後悔した。

「じゃあ、乾杯しましょうか」
「…何に?」

オレの問い掛けに紅は微笑んで「これからの私達の友情のために」と答えた。
そのフレーズはどうしても暑苦しい男の顔が頭に浮かんでしまう。ここでもアイツを思い出してしまったオレはうんざりして「ガイみたいなこと言わないでよ」と紅に文句を言った。

「ガイ?」

初めて耳にした名に疑問を抱いたのか、チフユさんはぽつりと呟いた。

「カカシの永遠のライバルだよ」

アスマはわざとらしくオレを一瞥するとからかうようにチフユさんに笑い掛けた。なんとなく、馬鹿にされたような気がしてオレは咄嗟に反論する。

「あのねぇ、向こうが勝手に言っているだけでしょうが「はいはい、じゃあいくわよ。乾杯の音頭はアスマにお願いするわね」

抗弁の言葉は紅の声により遮られ、腑に落ちないまま事が進んでゆく。仕方なくジョッキグラスを片手に持つとアスマは咳払いをして乾杯の音頭を取った。

「乾杯!」

カチン、とガラス同士がぶつかり合い、振動が手に伝わる。チフユさんの顔を見れば嬉しそうに微笑んでいた。きっと彼女の心に突っかえていたものが解けて消えていったのだろう。

『ほら、大丈夫だったでしょ』

目の前にいる二人に気付かれないよう、彼女の耳元でそっと話し掛ければ一瞬だけ驚いた顔をすると笑みを浮かべ、ゆっくり頷いた。

『そうですね。はたけさんの言う通りでした』
『当たり前でしょ』

オレを真似てボソッと耳元に入る彼女の声が余りにも浮かれて弾んだ声だったので、オレも釣られて笑みが零れ落ちた。変わらず手に持つジョッキグラスは冷たい。しかし彼女の笑顔を見ればたちまち蝋燭に灯された灯火のようにぽっと体が温かくなる気がした。
未だチフユさんはじっとオレの顔を見て含み笑いを浮かべている。何がおかしいのやら。彼女の黒目をじっと見つめて「何?」と問い掛けた。

「なんでもないです」
「何よそれ」

ますます声を上げて笑い出すチフユさんを見て苛立ちを覚えたが、ケラケラ笑う彼女を見ている方が可笑しくて、しばらく彼女の笑う姿を眺めた。満面の笑みを浮かべる彼女の顔はよく口ずさむ歌声と同じぐらい春の日差しのように温かく眩しい。汚れたオレには綺麗すぎるな視線を逸らし、気休めに彼女越しの壁の張り紙に書いてある「秋刀魚の塩焼き」の文字を目でなぞった。

「…初めてチフユさんの笑う顔見た」

心の中で呟いたはずなのにいつの間にか唇から漏れていて、はっとする。彼女は戸惑うような声で「え、」と声を上げた。先程まで満面の笑みを浮かべていた彼女が今度は目を丸く見開いて驚いている。余りにも感情豊かな彼女にやっぱりチフユさんは忍界にはいない人間だな、と確信する。

「良かったね」

チフユさんの燻った想いが解けて良かった。こうしてチフユさんが笑うことが出来て良かった。全て引っくるめての『良かったね』を伝えて、彼女に笑い掛けると、彼女はアルコールのせいなのか頬を桃色に染めて小さく頷いた。

「チフユ、何の話をしてるんだ?」

急に割って入ってきたのはアスマだった。アスマはオレと彼女を交互に見やると「へぇ、お隣さん同士、仲良いんだな」と意味深な笑みを浮かべた。

「やめてよ。アスマ」

すかさずチフユさんがアスマに反論するとアスマはますます笑い声を上げた。騒がしい店内が一層、賑やかになる。アスマの隣に座る紅はグラスに口をつけると楽しそうに微笑んでいた。
久しぶりに仲間内で飲むのは楽しい。心の底からそう思った。三代目のお言葉『たまには同朋と会って話をしてみよ』その意味がようやく理解出来た気がした。オレもチフユさんと同様、燻っていた気持ちが少しだけ、浄化された気がした。


***


「じゃあな、チフユ。おい、カカシ。ちゃんと送ってやれよ」
「送るも何も隣の部屋だからね」
「お、そうだったな」

アスマの一言でようやくお開きになった飲み会は日付を跨ぎ、2時頃だった。顔を真っ赤にさせて酔っているアスマはオレの皮肉も気付かずに「じゃあな」と別れの挨拶をして背を向けた。紅も笑いながら手を振って背を向けるとアスマと肩を並べて去って行った。

…さて、オレらも帰るとするか。

踵を返し、家まで帰ろうと歩き出す。しかし彼女はアスマ達の姿が見えなくなるまでその場に立ったまま動こうとしない。仕方なく引き返して、彼女の顔を窺えば何か強く願っているかのように真っ直ぐ澄んだ瞳で二人の姿を見つめていた。

「…何してんの、帰るよ」

ようやくオレの存在に気が付いたのか、はっとしたようにオレを見上げると彼女は申し訳なさそうに一、二歩距離を開けてオレの背中を追って着いてきた。

ーー今日も隣に歩いてはくれないのね。

チフユさんはまだオレを怖がっているのだろうか。酒も飲み、会話もたくさんしたし、大分打ち解けたはずなんだけどなぁ。そんな事をぼんやり思いつつ、ポケットに手を入れた。

「…!」

肘に何かが触れたと同時に今度はいつか嗅いだことのある柔軟剤の香りが鼻を掠めた。思わず隣を見下ろすと彼女の柔い髪が風に吹かれてなびいていた。いつの間にオレの隣にいたのだろう。肘に触れていたのは彼女の腕だった。驚きつつも、何とも言えない嬉しさが込み上げてきたオレは冷たい空気を肺いっぱいに溜めて、彼女の名を呼んだ。

「チフユさん」

彼女は肩をびくりと震わすとオレを見上げて慌てふためく。

「歩きづらかったですよね、すみません!」

言いながら素早くオレとの距離を開けた。肘に触れていた彼女の温もりが離れてしまい、冷たい夜風でたちまち冷えてしまう。
物寂しい気持ちになったオレは欲が出て、もっと距離を詰めたくなる。

「敬語、つかわなくていいよ」

オレの言葉に今日何度見た事か分からない驚いた顔をする彼女を見て、わざとらしく溜息を溢した。オレの吐いた白い息は天に舞い上がり、瞬く間もなく消えてゆく。

「オレだけさん付けで敬語だと疎外感があるよ」

ここまで口にすればオレの言いたい事が分かるだろう。彼女は「あ、」と小さく言葉を漏らすとようやく理解できたのか、恐る恐るオレの目を見た。

「はたけさんはそう言うの気にしない人だと思いました」

悪びれるわけでもなく素直な彼女の言葉を聞いて思わず肩透かしを食らった。オレのこと、どんな人間だと思ってるのよ。

「あのねぇ、オレだってそういうの気にするからね。…一応、オレの方が先に出会ってたんだし」

自分でも恥ずかしい事を口にしているのは重々承知だ。けど、アスマや紅との方が楽しそうに話す彼女を見て、正直に言えば歯痒かった。オレの方が彼女を知っているのに。オレが彼女の悩みを拭ってやったのに。貪欲な気持ちは尽きない。無頓着になってみたいものだ、ホント。

「あの、本当にいいんですか?」
「いいも何も良いって言ってるでしょ」
「なんとなく、はたけさんは私を助けてくれた恩人だったので溜め口や呼び捨てだとおこがましいかと思って‥」

彼女は未だ躊躇っている。そんなに嫌なの?あまりにも意固地な彼女を見て少しばかり心苦しくなる。邪心を振り払うように「ほら、早く」と急かせばようやく彼女は慌て始めた。オレを見つめる彼女の瞳が揺れる。オレは逃がさないとその瞳をじっと見つめて、捕らえた。


「…か、カカシ、今日はありがとう」


びゅうっと、夜風が吹き抜けた。冷たく寒い風のはずなのにオレの熱くなった体にはひどく心地よかった。カァッと熱が顔全体に帯びるのが分かる。顔だけではなく、耳さえも熱い。足を止めたオレを不思議に思ったのか、彼女はオレを見上げると「え、」と言葉を漏らした。オレは見られないように顔を背けて、息を思い切り吸い込んだ。変わらず空気はむせ返るほど冷たい。


「…言えたじゃないの、チフユ」


背けていた顔を彼女に向けて、窺えた彼女の頬は自分と同じくらい真っ赤に染めていた。彼女も恥ずかしい気持ちなのだと分かり、ほっと安堵する。

…オレ達、少し酒に酔ったかもなぁ。そうだ、彼女もオレも酒を飲み過ぎたんだ、きっと。未だ鳴り響く心臓の鼓動も頬の熱さも全て、酒のせい。

オレ達は二人肩並べながら同じ家路を辿り、歩き始めた。触れ合う体の一部の熱に浮かされながら、ゆっくりと。


揺らめく赤





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