他人に腹を立てているわけではなく、ひたすら自分にイラついている。掻きむしるように俺の服を握る。
昨日はそのSっぷりを発揮したばかりだっていうのに、僅か一日で一体何があったんだ。
「……本当はこんなこと綾瀬に聞いてもらうのも間違っている。こんな感情、抱くのも。……悪い、これだけ、言いにきたんだ」
ようやく藤巻が顔を離した。両手で俺の肩を掴み、真っすぐ向き合う。深く黒に染まった見慣れた瞳が、痛いほど真っ直ぐな視線が、飛び込んでくる。
それもほんの僅かな時間で、次にはまた、言葉を告げられながら、隙間もなく抱き寄せられた。
「……幸せになろう、彩人」
「……え」
大きな腕の中に体がおさまる。
いきなり何を言い出すんだ、とこんな場面でなかったら気恥ずかしさに邪険に扱っていただろうに1000ペリカな言葉は、どうやら聞き間違いでもなんでもないらしく。
「ずっと、お前だけ見てるから。幸せでいよう。いてくれ」
……幸せ。
幸せって、なんだ。
俺が今まで思っていた幸せで合っているのなら、俺にはもう藤巻がいるだけで、…………幸せ、だと、思うけど。
多分、そういうことじゃない。
「俺は……!」
「分かった、分かったから、藤巻」
これ以上藤巻の声は聞けなかった。
……幸せ、か。
藤巻がどう思っているかは知らないが、この瞬間だって俺は少し幸せなんだ。勿論、何らかの感傷をこんなにも受けている藤巻を目の当たりにして、いい気分ではない。歯痒い。もどかしい。
だけど。
弱いところを見せてくれるのも、それを感じて愛おしいと思うのも、全ては愛ゆえだからかもしれない、なんて。
……幸せ、か。
「お前が離さなければ、俺はどこにもいかねえよ」
「……俺は綾瀬が考えているような人間じゃないかもしれない」
「だから?」
「……」
「……アンタ、馬鹿だな。性格なんか悪くたっていいんだよ。お互いによければ」
言いたいこと、言える。
それでいいだろ。
俺は、それでいい。
俺にはまだ藤巻が分からないことも多いけど、藤巻が求める形を、この俺が作れるなら、この俺しか作れないのなら、それはとんでもなく光栄なことで。
名誉で、誇りで。
やがて俺の全てになる。
目を細めると視界が歪んだ。
抱きしめ返すと体温をより深く感じた。
俺はずっと傍にいる。いるんだ、藤巻。自惚れていい。お前はそういうヤツだろ、俺が不安になったら笑って傍にいてくれるんだろ。だから俺も、お前が不安になったときはそれを溶かしたいんだよ。
それだけは、付き合いだした初めから、絶対に変わらない想いとして、いつまでも俺の中で滾り続けているから。
温かみの中で、相手の鼓動と心の葛藤が伝ってくる。
言葉になくても、伝わる。
「……幸せになるぞ、藤巻」
何年でもかけて。
結局、今までの不安とか、嫉妬とか、そういうのは、俺の勝手な感情だったけれど。
そんな勝手な感情に付き合ってくれるのは、藤巻しかいない。藤巻でしか、感じない。
溶け合っていく音がした。何もかも。もう不安ではない。終わりの不安は感じない。
だって藤巻はずっと傍にいる。俺がずっと藤巻の傍で呼吸をするように。
終わらない。終わらないんだ。
───ようやく、そう心から信じられる。
今の藤巻を感じて、そんな気がした。
深く深く抱きしめあった。
雪山の洞窟で、凍てつく身体を暖め合う動物のように。
そうやって、時間が過ぎていった。
そろそろ春が、熟れてくる。
───────
補足すると、優斗に告白されて、今までの自分の行為振り返って反省してる藤巻でした。でも告白されてすぐには気付けない。
わかりにくくてすみません。
[ 14/14 ]
*← 小説top →#