『鹿は 森のはずれの
夕日の中に じっと立っていた
彼は知っていた
小さい額が狙われているのを
けれども 彼に
どうすることが出来ただろう
彼は すんなり立って
村の方を見ていた
生きる時間が黄金のように光る
彼の棲家である
大きい森の夜を背景にして』
昼間なのにカーテンの閉まりきった部屋の中、座光寺は箱からタバコを取り出しながらきいてきた。
「誰の詩だ」
「村野四郎だよ。国語の教科書に載ってなかったか?」
元より思い出す気なんかないくせに、座光寺は顎に手を当てて視線を明後日の方向へやった。
「記憶にないな」
「オレは衝撃的だった、この詩が」
座光寺はソファーにやって来たかと思えば、オレの隣に座って頭を撫でてきた。そんなことは、初めてだった。
拒む気も起きなくて、ただ自分の立てた膝に手と頬を当てていた。
「……たまに、思うんだ。
例えばさ、オレよかずっと若いヤツらが、昔戦争で死んでいった。特攻隊になってた人間は、恋人がいようが何だろうが、笑いながら死んでいく。残った遺書も、とても今の同年代のヤツらが書けるような文章じゃねえ。
そういうことを思い出すたびに、……そういう人間が、オレより若く死んでいくのに、こんなオレが生きてていいのか、とか」
喉の奥が、焼かれているように熱かった。
面倒な感情。
抑圧されすぎた胸中。
なんで、こんなこと、今こいつに。
喋りすぎた。
多分、呆れてる。ほら。
「お前、いっつもそんなこと考えて生きてるのか」
「たまにっつったろ」
座光寺の口から出てきた灰色の煙りが、空気の中にたゆたった。
煙を吐き出す仕種は、もうため息と同じになっていた。
「そういうの全部抱えちまう人間だ、お前は。だから優しいなんて言われるんだよ」
煙たい空気がぴんと張り詰める。言葉に顔を上げれば、刺すような視線とぶつかった。
「なん、で。それを」
「大体想像つく。優しいって言われて、自分のどこがって本気で思ってんだろ。
そうやって鈍いクセに、いらねえことまで考える。抱える。お前はいちいち感度が良すぎる。そんでバカみたいにダメージ受ける。俺に抱かれてるときだって、快楽より思考で押し潰されそうになってる。そんな野郎を抱いて楽しいと思うか?」
「……そりゃ、楽しくねーでしょ。Sのお前には」
「ああ楽しくねえよ。でもな、手放そうなんて思ったことはない」
「……」
笑い顔を作った、と思う。
でもオレの手を撫で回す手つきが急に止まったから、多分失敗した。
「……そういう冗談、やめろよ」
「ああ、もう言わない。お前こそそういう顔、やめろよ」
「どんな顔だよ」
「ほうっておけねえ顔」
タバコに当てていた手を、いきなり背中に回されてそのまま流されるように抱きしめられた。
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