Dress in Love

 軋んだ体に残る痛みに腕をさする。暁光に、身を焼かれるようなうずきを覚えて、微かな悲鳴が喉を震わせ、声がかすれて消えた。
 渇いて冷え切った喉を、掌で包むと 昨夜の情事で出来た痕を指でなぞって行く。

 <喉、渇いた…>
 自分に絡むシーツをそのまま纏って行こうと 手を付いて、起き上がったゆめは大きな力で腕を引かれて、身体のバランスを崩した。
 
「離れられると、思うのか」
 声の方を向けば、ザンザスの突き刺さる眼差しが、火照りを残すゆめの体内に一気に火を点ける。
 滅相な…。とゆめは体をねじって、ザンザスに向き直ると そのまま身体に覆いかぶさって、唇を重ねた。
 ザンザスは、ゆめの首に回した腕を もつれた髪が絡むのも構わずに、引き寄せたまま離さない。
 彼に晒し上げられたうなじに上る熱 緩い吐息が漏れて眩暈が起きる。
 ザンザスは、合わせた唇を掌で押し退けると 角度を変え、噛み付くように接吻する
 歯列をこじ開けて、深く挿し入れた舌がたぎり ゆめの口内を熱で侵していく。

「っ、熱…」
 ゆめは、彼の力任せな行為に目一杯応えながら 探し当てたザンザスの二の腕を掴んで、意識を繋ぎ止める。
 末端から血が滾り立ち、上る体温に眩暈が起きる。
 つま先が、絡みつくシーツを掻いて更にもつれていく。
 身を捩じらせ、快感の侵食に喘ぐゆめの腰を掻き抱いた。

 ◇

 目を覚ますと、時間を追って降り注いでくる現実。
 小さいあくびを噛み殺して、目の向くまま数歩先にある背中が向き直るのを、スローモーションで認識していると、あっと云うまに距離を詰めたザンザスが一切れの紙をよこした。
 ボスから受け取る機密書類として、大切に受け取ると口元を緊張で強張らせながら、暗号を追っていく。伏せた瞼を上げると、
 
「標的は?」
「向こうに着くまでは、教えねえ」
「んなっ…」
「殺るのは俺だ」
 何となく突き放されたようで、納得する素振りだけして見せる。
 それを早々と見抜いたザンザスの目が光り、冷たい眼差しをして、 ゆめの肌を粟立たせる。
 ゆめが、先に視線を外すとザンザスは、あっさり背を向けて靴音を鳴らし去っていく。
 はっと視線を戻したゆめは、その後姿へ手を伸ばす。
 返ってきたドアが閉まる音に、手を引っ込めると立ち上がって、素早く残りの服を着た。
 ベットから飛び降りて、鏡台へ向かうとよれた化粧を直す。手に持った紅筆を見つめながら、今日の場所を…と思い巡る。仕上げを施すと道具を仕舞い込んだ。
 傍らの拳銃が光を称えている。
 弾丸が充填されている事を確認すると胸に抱いてから、身につけた。
 床に倒れたブーツを起こすと、取り上げて膝の高さまで引きあげて装着し、ヒールで絨毯を踏む。
 寝台から手を離し、弾みをつけて起き上がると、空咳に咽いだ。
 息を呑んで、調子を整えると皮膚一枚の下で脈打つ火照りを抑えながら、余香煙る部屋を出た。

 ◇

 照明を絞った店内をゆめは目線を流しながら進んでいく。
 カウンターに座るザンザスが視界に入ると、足早に進む。
 彼の横に立ち、テーブルに置く彼の手に重ねると 足を後退させて椅子を引き寄せ、腰掛けた。
 慇懃な態度で頭を下げると、手を広げたそこには、鍵の束。ザンザスだけに見せると、すぐに手を握りこんで隠し、髪を耳に掛ける仕草で、衿の内に入れた。
 空いた手で頬杖を付いて、目を緩めてザンザスを見つめる。
 彼は、ゆめの視線に答えたかと思うとすぐ興味なさ気に顔を引いた
 ゆめは椅子を回し、カウンター越しに注文する。
 バーテンダーを目で追いながら、さり気なく店内を見渡していく。
 首がある所まで来た途端、横のザンザスがゆめの腰を抱き寄せる。その仕草に、ゆめの眼差しは動きを止め視界に入るただ一人の男を標的と見定める。

「あれ、か…」
 そっと視界を戻すと、冷静を繕って作られたグラスの脚を持ち上げて口付ける。
 楽しんだ刺激に表情が緩まる テーブルにグラスを戻すと、 ザンザスはゆめの耳に触れる程に唇を寄せる。

「来い」
 低く響く彼の声が猛火のようにゆめの身体を滾らせる。
 ゆめは椅子から腰を浮かせると、 胸からザンザスの腕の中に墜ちた。そのまま彼の太ももへ腰を移動させると、 布を通して伝わる力強さが、じわりとゆめに熱をもたらす。
 ザンザスに腕を回すと、彼と椅子の背を張り付ける 宙に浮いた足が、彼の足に巻きついた。
 ザンザスに回る腕をそっと離し胸に頭を預けながら、指を白いシャツの上を緩やかに滑らせる。
 細身のネクタイを、人指し指に一巻きした。
 ゆめが悪戯っぽく歯を見せ、くいと指を引いた。
 首を引かれたザンザスが、ゆるりと瞼を上げ、 ゆめを鋭利な視線で見据えたまま、口端を笑いに染めた。
 一息置いて、ぶつける様にキスする。

「痛っ」
 涙がさっとゆめの目を横切る。
 ザンザスはゆめの顎を上に向かせると、 近づけた唇を触れる際で止めた。
 舌をゆっくり這わせて唇に滲む血を嘗め取ると ぴりりした痛みが走って、ゆめの表情がくっと歪む 。

「ぶははは、百年早え」
 ザンザスは、愉快そうに口で笑った。
 
「容赦ないんだから」
 ゆめは、指で唇の血をぬぐうとザンザスを見上げる。
 機嫌よく眼差しをあやすザンザスは、 唇をぬぐうゆめの手を片手で掴むと、太ももへと降ろした。
 手馴れた手つきでゆめを引き寄せると ゆめの腕は、誘われるようにザンザスの腰に回る。
 ザンザスは、熱い掌をゆめの肌へ沿わせていく。
 太もものガーターベルトにある拳銃に辿り着き指を引き金にかけると、掌に納め もう片方の腕で一層強くゆめを抱きしめる。
 ゆめは、ザンザスの肩に顔をうずめると彼の纏う空気が微かに熱を帯びるのに気付いた。
 そっと目を閉じ、澄んだ空気を吸う。
 その刹那、弾丸が空気を突き破り、乾いた音を散らした。
 真っ赤な悲鳴が辺りを占めて、立ち上がる人々で騒然とする。
 混乱の坩堝と化した中、 顔色一つ変わらないゆめは、ザンザスの肩から腕を離しテーブルに肘を突く。
 広げた掌へ、ふっと息を吐きかける仕草をするとバーテンターが自然なそぶりで奥へ行き、ブレイカーを落とした。
 一瞬で暗黒へ落とされ、人々の混乱は否応無く高まる。二人は、さっと身をこなすと出口へ着いた。
 
「はっ」
 ザンザスは、小さく哂ってからゆめに拳銃を渡し、乱暴に扉を開けた。ゆめは、彼が外へ出たのを確認して自分も扉を抜ける。
 去り際に、手にした拳銃で看板を撃ち抜いた。火花が弾けて、プラスチックの破片が飛び散る ゆめは笑みを残して、扉の隙間に滑り込む。硝煙の香をたなびかせたまま、扉がゆっくり閉まった

 ◇

 外へ出て、冷え込んだ空気に肌が晒される。
 冷たくすり抜ける風を浴び大きく深呼吸をすると、果てのない上空を仰いだ。視線を戻し、既に遠く小さいが有り余る存在感を醸すザンザスを追いかけていって、 振り向かない背中に問いかける。

「褒美は何?」
 弾けた様にゆめが笑みを零すと、ザンザスが立ち止まった。
 その背中にぶつかりそうになりながらも、歩を止めるとザンザスがこちらを向いている。
 
「あれで、褒美分の役割をこなしたとでも言うのか」
 ぶ、ぶははは、と大声で笑うと夜空にそして、ゆめの肌に響いていく。
 ザンザスはふっと笑みを消し、赤い双眸でゆめを射抜くと、その目を見つめ返す事しかできない。ザンザスは眼差しを濃くし、顎に手をかけ上を向かす。

「てめえの望みなど分かりきっている」
 掌で包んだまま、伸ばした指で唇を弄ぶとゆっくり手を離した。
 そして上着を翻し、とっとと歩いていってしまう。ゆめがついて来るのを確信している歩みだった。そんな態度に、彼の中に自分が居る事を確認する。
 寒風が吹いて、ゆめは硬直から融けると、温む気持ちを纏ってコートの衿を寄せた。顔を上げて、漆黒に溶け行く彼の背中を追いかけた。

 -完-




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