ういごゝろ


 つやつやと照り輝く木は南天の陽をうけて、見た目に十を越すほどたわわに柿の実を付けた。 ゆめは歓声を上げて柿に見入っていたかと思うと、塀をよじのぼってあがり、枝垂れた先から一つ掴んで、 伸び縮み、右左に振ってからなんとかもぎ取った。甲の半分まで袖が隠れた掌で大事に包み込むゆめを風が清らかに吹き抜けては額に留まらず生え際までを晒す。 塀を降り切った先の向こう、胸の広い男が歩いて来るのを見付けた ゆめは、胴の三つ柏に目を止めた。 男は緋色の縅に、暗紅の袴に錆塗りの暗い佩楯を合わせておて、滔々と陽気な斬馬刀を揺らしていた。 だんだん目に迫って大きくなる姿に、 ゆめは歓声をあげて駆け出した。

「左近ー!」
「どうしたんです? 姫」
 髪のうち広がるのに、左近は足をとめるとかがめて ゆめが飛び込むのを抱き留めた。 抱えた腕に見るのに、ゆめが顔を上げ手にしていた柿を差し出した。おや、と興味をみせて覗き込む。
「柿がなにか」
「そこのところで、取った。上ったんだよ」
 腕から降りたゆめが屋敷内の柿の木をさすと、ははん。と納得した左近が頷く。向くことには渋づらを作って見せる。
「あぁ、これはいけない。無断で取ってはだめですよ」
 お返しなさい。と手を出すと、得意げだったゆめの顔が驚き混じりに神妙になる。左近の抗いがたい気迫に押されて目を伏せた。
「……ごめんなさい」
 差し出した手に返される柿と小さな掌。左近はゆめを見ていたかと思うと、からかったとて悪戯っぽく顔を覗き込んだ。
「いいですかい、取るなら鳥の食べていないものにする事だ」
「え?」
 ゆめの驚きをよそに、ひょいと傍らの岩から駆けあがると、柿をもぎ取って戻ってくる。

「ほら、こっちのがきれいでしょ」
「うん」
「殿に持って行ってあげましょうか」
「うん!」
「ほら、姫も乗って」
 左近の陽気さに笑い、はしゃいで差し出された背に乗り込んだ。枝が近く柿にぶつかりそうだ。けらげらと声を上げながら、枝を抜け柿を見回した。 目に映る限り、全ての柿を映して騒ぎだす ゆめに左近が見上げる。
「枝の跳ね返りに気をつけて下さいよ」

「左近、左近!右にいって」
「はい、どうです」
「あっ、あ、もうちょっと」
 柿を見回りながらちょろまかと指示を出す ゆめに左近は、あっ、取れた。と、嬉しそうに言っては枝を引っ張って、柿をもいだ反動に体制を崩しかけるゆめを支えてやったりした。 肩車された中から足をばたつかせ、くるくると手を伸ばすゆめに、左近はしばらく付き合っていたかと思うと、頃合いを見て聞き上げた。

「たくさん取れましたか?」
「3つ」
「まだ持てますか」
「んー、もう落としそう」
「じゃ、もう終わりましょう」
「うん!
 柿を抱え込んで満面満悦に胸を踊らせるゆめに左近が呼び掛けた。
「さっ、殿の下にいきますよ」
「父上に会えるの?」
「えぇ、下りて歩いていきますか?」
「ううん、このままがいい」
 と、ぎゅっと柿を持ったまま声を上げた。左近も異にせずゆめを肩車したまま歩いていく。 初めはのんびりたわわ歩んでいたかと思うと、坂に入った途端ゆめの奇をてらって走り出した。
「きゃー、はやいはやい」
 ゆめの耳元にびゅっと落して風が抜け思わず歓声上げてはしゃぐのに、左近も声を上げて笑っていた。




-*-
 屋敷内を周り、歩き込んでいくと、縁側から回り込む。 声をかけて障子を開けてみると、部屋の隅の文机に帳面を開いた、三成が居た。 さくりと二人を見ては、何事かと声をかけると、ゆめが父上と叫ぶ声を置いて一散に駆け寄り、 三成の後方に揃えて坐り込んでは、文机の上に紅葉手を差し出した。

「はい、父上」
 三成は机に置かれた柿を一目見るなり、ふいと目をそらしてつっけんどんに返した。
「要らん」
「柿、きれいよ、いいにおい」
「胆の毒だ、消化に悪い」
 身体を開けて諭す姿勢の三成に、ゆめが不思議そうに身向く。 左近はその消沈する肩に軽く手を置いてから、三成を見た。
「いやだなぁ、殿。柿も気をつければうまいですよ、姫はまだ食べたことがないんそうです」
「当たり前だ、俺が食べさせなかった。柿は要らん。今すぐ俺の目の前から消してくれ。ついでに柿の木も切っておいてくれ、目障りだ」
「見ただけで腹痛を起こすものでもあるまいし。柿に罪はありませんよ」
「不愉快だ」
「そんな。こうして、今年に成ってやっとおいしい実を付けたんですから」
 と、目に笑みを含んで言い返すと三成が目を止めた。

「貴様か?左近。この無駄な柿の木を植えたのは」
「無駄なんて言わないでくださいよ。俺は姫が殿の養子になった記念にと、植えたんです」
 あっけからんと伝って来る返事に三成は目を閉じ、ため息とともに抜ける様な声を漏らす。
「ふん、実を着けるまで柿と気付かずにいた俺にも責はあるか」
「桃栗三年、柿八年。ここに来た時はまだ赤子だった姫が殿に柿を上げようとする。早いもんですね」

「八年か」
 三成は左近の言葉に考えたように黙ると、ゆめを見る。父に見入られ頬を赤らめるゆめを呼び寄せると、三成は目を伏せてうな垂れる頭を撫でてから、打ち広がる髪へと手を添えた。

「食べてみたいか」
  ゆめは目に三成を大きく映してしばらく。悩むように視線を離したかと思うと、短く首を振った。
「父上が言うのは良くないからだから。おいしそうだけど」
「……少量なら問題ない。食べ過ぎないよう、左近も気をつけてやれ」
 三成の言葉に左近はひゅうと眉を開けると、仰せのままに。とて、返した。
「さっ、これ以上お邪魔もできませんので、帰りましょうか」
 姫。と呼びかけると、ゆめも慌てて立ち上がる。
「うん、父上ー」
 と、手を振った、三成も手首から上だけを挙げて応える。いささかぎこちない三成の挙動に左近は心知れず微笑んだ。




-*-
 縁側でゆめは柿をなだめすかして見ている。隣で左近が器用に刃を入れて柿の表皮をむいていた。手に添って零れ落ちてくる皮が器用に丸まっていく。 黙りこくって何か思案しているゆめの様子に、左近が気を止めつつ柿を剥いているとぽつりと声が零れた。

「左近、父上は柿を御嫌いなの……柿はお腹に悪いの?」
 浅々と笑い声を零してから、左近はゆめを見た。
「いいえ。身体にいいですよ。殿は、食べた時の体調が良くなかったんでしょう」
 疑問の色が翳っていた ゆめは左近の堂々とした返答に、納得したように頷きを繰り返した。
 さっどうぞ。と、左近は ゆめの手に持つ丸柿を、剥くためにもらいうけたかと思うと、顔を向けた ゆめに剥いて小さく切った柿を渡した。 種も抜いてあるそれに ゆめは赤い唇をきゅと開いて噛みついてしばし、体を弾ませるようにして左近に向き直った。
「おいしい」
「そりゃ、良かった」
 左近はくっきり笑いかけると柿を持つ ゆめと並んで、澄んだ秋風に頬を曝した。

-完-




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