嫉妬する



※長編設定
※16話目よりだいぶ後




「前から思ってたんですけど、ナナシさん……男物選ぶの慣れてませんか?」

後から考えたら、全部誘導だったのだと思う。ばったり街中で会って、何気なく一緒に立ち寄った雑貨店。
え、と思わず硬直した私の手から、安室さんがダークグリーンのハンカチをスッと抜き取った。何色がいいと思いますか?と言われて手に取った1枚だ。

「そんなことないです、えっと……父によく服を選んでたので」
「…………」

私はにこりと笑ってそう返したが、苦しい言い訳だった。生まれてこの方、父親に服を選んであげたことなどない。っていうかだいぶ前に「俺は社会のしがらみから解き放たれたいんだー!」とか言って母共々どこかに行ってしまったので今はそんな機会もないし。よく考えたらとんでもない親である。
安室さんはじっと私を見下ろして、もしかして、と首を傾げた。

「嶋崎さんに聞いたんですが……よくドレスを贈られているとか。それでお礼を返しているから選び慣れているんじゃないですか?」
「え!」

嶋崎さん、余計なことを。確かに断りきれずに何度かドレスをいただいてしまっているが、あれは同伴するパーティで着るためのものである。何度かお礼を返そうとしたがダンディにお断りを食らっており、手作りのお菓子以外は受け取ってもらえた試しもない。けれどここでは「そ、そうですね」と返すしか道はなくなっており、私は渋々頷いて口を開いた。

「でも、お仕事で必要なものなので……毎回同じドレスというわけにも行きませんし、ご厚意に甘えさせていただいてるんです」
「それはそうでしょうね。……近々ご予定はあるんですか?例えば今週末とか」
「今週末?いえ、今のところは……」

私が頭を左右に振ると、安室さんはジャケットの内ポケットから2つに折り曲げられたカードを取り出す。

「土曜日、毛利先生と一緒にとあるパーティに出席することになっていまして……僕と同伴していただけませんか?」
「えっ?」

そして私に見えるようにカードを開きながらそう言ってきた。依頼料もお支払いしますよ、などと言われたため、慌てて両手を胸の前でひらひらとさせて要りませんと答える。安室さんからお金をとるなんてとんでもない。聞けば毛利小五郎の友人のベストセラー作家が賞をとったお祝いのパーティなのだとか。

「安室さんにはいつもお世話になっていますし、私でよければ喜んで」
「ありがとうございます」

綺麗な笑顔を浮かべて礼を述べた後、私が選んだハンカチをレジに持って行った安室さんを見送ってから、はぁと安堵の息を吐く。話題が男物から逸れてよかった。そうか、普通は男物を選ぶ時、女性はもっと悩まなければいけないのか……気付きもしなかったな。今度からは気を付けよう。メンズと書かれた棚を眺めながらあれこれ考えていた私の肩に、大きな手がそっと乗せられる。

「ところで、男性が女性にドレスを贈る意味はご存知ですか?」
「え……?」

振り向くと、いつの間にか会計を終えた安室さん。思ったよりも近くに顔があったので、私は驚いて固まってしまう。身を屈めてこちらを覗き込む彼は、どこか呆れるような口調でいて、何かを堪えるような素振りでほんの少し唇の端を持ち上げた。なんだか意地悪そうというか、悪い顔だ。

「ナナシさんはこういったことを何も気にされていないのかもしれませんが……それなら僕が贈ってもいいですよね、ドレス」

ただ目を丸くする私に、安室さんは「これから選びに行きましょう」と言って、私の肩を引き寄せた。
……意味は知っている。けれど既にドレスを何度も贈られているということを知られてしまっている私が、安室さんのだけを断ることなどできるはずもなかった。それを分かっていてそんなことを言ってくる男に、何かを言い返したくても言葉が出ない。

「あまり無防備が過ぎるのはいただけませんが……一度そういう目に遭わないと、なかなか自覚していただけないようなので」

まあ、あなたが悪いですね。
ふるふると震える私の頭上で、男がわざとらしく溜息を吐いた。





Modoru Main Susumu