個性把握テスト


「あのやる気なさそうな人が先生、しかも担任かぁ。着替えてグラウンド集合ってことは走ったりすんのかな?」
「体力テストとかやるのかも。急だよね」
「まだクラスの奴らに自己紹介も済んでねぇのにな。あ、千歳さっき驚いてたけどよ、先生のこと知ってたのか?」
「え、み、見たことあるヒーローだった、から」
「そっか! あんな見た目でもプロのヒーローなんだよな……?」

 着替えを済ませて運動場に向かった結は、既に何人か集まっている中で数分ぶりに切島と再会した。二人の話題は左右のポケットに手を入れてこちらを観察している目つきの悪い男について。切島が疑ってしまうのも無理もない、彼の容姿だけではヒーローだと認識するための情報が明らかに足りないのだ。
 相澤との関係は秘密。たとえ雄英関係者でも二人が同居していることを知らない者もいる。同居人を越えて教師と生徒の関係になった以上、大事にすることはできない。
 体操服に着替えた最後の一人が到着すると、相澤は全員を一か所に集めて話し出した。

「今から個性把握テストを始める」
「個性把握テストォ!?」
「入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」

 突然の開始宣言。皆の声を代表した麗日に対し、教師は的確な指摘をする。麗日は肩を落とすと同時に残念そうに手を下ろした。
 相澤はテストの内容を一通り説明し、爆豪から中学時代のソフトボール投げの記録を聞き出すと「個性を使って思いっ切りやってみろ」と球を投げ渡した。軽い準備運動を終えた爆豪は、地面に描かれた白円から足を踏み出さないように手前で重心を置き、腕を上空に向けて大きく振りかぶった。

「死ねえ!!」

 殺伐な言葉と共に、個性の爆破を使って手に収まっていた球を空高く飛ばす。それはバチバチと個性の残り火で飛び続け、次第に爆発音も聞こえなくなると全員の視界から消えた。
 爆風を受け流しながら待機中の者は先程の掛け声に疑問を持っていた。「この個性、使えるかもしれない」と一人だけ着眼点の違う結を除いて。

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
「なんだこれ! すげー面白そう!」
「705メートルってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」
「……面白そう、か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 記録を表示した小型モニターに生徒たちはキラキラと瞳を輝かせている。その中で楽しげな声に紛れて不満足そうに呟いた声を結は聞き逃さなかった。
 相澤の表情は前髪に隠れて確認できない。機嫌を損ねたのでは、と結の胸に不安が押し寄せる。だが予想とは違い、相澤は声色を変えて話し出した。

「……よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「はあああ!?!?」
「生徒の如何は先生の自由。ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ」

 慌てふためく生徒の様子を目にした相澤は随分と楽しげな様子で髪をかきあげた。その行動に意気揚々とやる気に満ちた者や、焦りの色が見え始めた者が現れる。

「自然災害、大事故、身勝手な敵たち、いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれてる。そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えて来い」

 相澤は煽るように人差し指をくいっと曲げてニヤリと笑う。その挑発に生徒たちはいとも簡単に乗っかった。
 一つ目の種目は50メートル走を行うとのこと。生徒は指示された場所に真っ直ぐ向かっていく。結も切島の後を追って歩き出そうとした。

「千歳、ちょっと来い」

 突如、掛けられた声に結はピタリと行動を停止させる。振り返ると小さく手招きしている相澤と目が合った。

「ごめんね、先に行ってて?」
「おう! 向こうで待ってるぜ」

 呼ばれた理由は分からないまま、同じく足を止めていた切島は急ぎ足で離れていく。結も進行の妨げになってしまわないよう、相澤の元に駆け寄った。

「先に言っておく。このテストは個性を最大限に引き出して全力で取り組め。いいな?」
「全力で……?」
「学校側も俺も、お前の個性について把握しきっていない。入試時に記録するつもりでいたが、本気で挑まなかっただろ」

 言い訳をするまでもなく図星だった。口を結び、視線を逸らした結の態度に相澤は溜め息を吐いた。「しっかり打ち込めよ」と追い討ちをかけて。

「……出来る限り努力、します」
「いや出来る限りじゃなく――」
「みんなを待たせているので。もう行きますね」
「おい、まだ話は……!」

 にこり、と作り笑顔を見せた結は会話を遮って集合場所に向かっていく。
 相澤は目の前の細い腕を掴もうとしたが、ひらりと躱されて無視を決められてしまう。その後ろ姿を目で追いながら、心残りがあるまま放った手で虚空を掴んだ。

 一方、結は合格通知を受け取った日から相澤に「学校にいる間は教師と生徒の関係になることを忘れるなよ」と何度も言われ続けた言葉が心の重りになっていた。
 他人から同居人へと関係を築けたが、再び他人の関係に戻すことは慣れてしまった生活の中では難しい。同居人であり担任でもある複雑な今の距離では答えが見つかる気配がない。
 そして「全力」の言葉に虫唾が走る感覚を抱いたまま、結は普通を装って歩いた。



「お、戻ってきた! いきなり先生に呼ばれるなんて、何かあったのか?」
「少しだけ注意されちゃった」
「注意?」
「千歳くん、君の順番はここだ! スムーズに事が進むよう、列を乱さず並んでくれたまえ!」

 切島に話す暇もなく、結は言われるがままに飯田が勢いよく手を指した位置に移動した。
 開始の合図を待つ間、教室の時と同じく視線を感じて目線を隣に動かした。順番通りであれば競走のペアになる人物が目を細めて結をじっと見つめていた。

「……あっ、悪い! 隣で走るからには負けたくねえなって思ってさ。俺、瀬呂! 千歳だよな? これからよろしくな!」

 互いの視線が交わり、一方的に凝視していた瀬呂範太は慌てふためきながらも驚きを紛らわすために大きめの声で自己紹介をした。何故か知れ渡っている自身の名字については気に留めず、「握手はしない人なんだ」と結は差し出そうとした右手を気恥ずかしそうに引っ込めた。
 数秒の沈黙が続く中、気まずさを感じて視線を逸らしている結と違い、女子との会話のチャンスを逃すものかと瀬呂は急いで言葉を探していた。

「なあ、千歳ってどんな個性持ってんだ? 見た感じ、変わった所はないっぽいけど」
「私の個性は見てもらえば分かる、かな。瀬呂くんは……何の個性なの?」

 瀬呂の両肘はセロハンテープのロールのように丸く変形していた。見た目だけで判断してはいけないと言葉を詰まらせた結が片肘に指を差しながら尋ねると、瀬呂は自分の肘を自慢げに見せつけながら笑みを浮かべる。

「へへ、俺の個性もすっげーからさ! 隣でよーく見ててくれよ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、楽しみにしておくね」

 明確に答えなかった結に瀬呂も同じく言葉を濁して返した。二人の会話を耳にした者は「お互い回答になってない!」と思わず心の中でツッコミを入れた。
 暫くして相澤から開始の呼び掛けが入り、お待ちかねの第一競技が始まった。

 各々が容姿と持ち合わせている個性を見る中でただ一人、結はこの場で使える個性はあるだろうかと着目点の違う観察をしていた。そんな期待に応えて順は飯田の番となる。
 飯田のふくらはぎの裏には、車のマフラーのような部品が常に浮き出ている。白線の手前で軽い準備運動を終えた飯田は、手本に酷似したクラウチングスタートの姿勢を見せた。合図が鳴り響くと共に個性であるエンジンを最大限に利用して、とてつもない速さでゴールを決めた。

「3秒04!」

 50メートル先で測定機が記録を読み上げる。並走していたカエルの個性を持つ蛙吹梅雨の記録は5秒台。速さと無縁な個性を持つ者からすると蛙水も明らかに速いが、飯田と比べるには数が離れすぎていた。
 待機場所で結は「一番早そうな飯田くんが三秒台なら、私はもう少し遅く走れば大丈夫」と右手に力を込めて開いて握る。その動作を繰り返し、違和感が無いことを確認して再び観察を始めた。
 そして、前走者が記録を測り終え、二人の足元にはスタートラインとなる白線が現れる。

「よっしゃ。負けたくねーけど、お互い頑張ろうな!」
「うん、もちろん」

 合図が鳴り、両者は走り出す。そんな二人の勝敗は飯田の測定時のように呆気なく決まってしまった。
 瀬呂が片肘から粘着力のあるテープを放出すると同時に、結は右手にぐっと力を込めて飯田の個性を強くイメージした。片足を踏み出すと、ごく普通の靴裏から砂埃が巻き起こるほどの風圧が生まれた。
 瀬呂の邪魔をしないように風圧を操った結は、数歩歩いただけで50メートルを難なく走り終えたのだ。

「3秒62!」

 測定機から告げられた数字に嬉しげな表情を浮かべて結は瀬呂に視線を向ける。走った際にボサボサになってしまった髪を左手で直しながら、右手は開いて握ることを繰り返していた。軽く振って一本ずつ指を動かしてみたりと、まだ右手が正常に動くかを確かめる。
 遅れながらも50メートルを走り終えた瀬呂は、数秒先に記録を叩き出した結の元へ迷うことなく歩み寄った。

「千歳っ、お前、速すぎるって……! 七三眼鏡とほぼ変わらねーじゃん!? 自慢してた俺が恥ずかしくなってきたわ……」
「七三……って飯田くん? でも、瀬呂くんの個性もかっこよかったよ。他の競技でも使えるし、救助訓練とか大活躍しそうだね」
「……優しさの塊かよ!」
「だ、大丈夫?」

 肩で息を整えつつ、瀬呂は感動の声を上げた。目元に腕を押さえつけてしくしくと泣きながら。
 結は瀬呂に手を伸ばした。きっと泣き真似なのだろう、と頭の片隅で考えながらも肩をさすろうと指先が触れる。

「戯れる時間があるならさっさと次の種目を測りに行け」

 表情を確認せずとも苛立っている相澤の声に、結の右手は素早く空中に下ろされた。「すんません!」「ごめんなさい」と、二人は謝って第二種目目である握力測定を行うために体育館へ向かった。

 入口で出会った切島と軽く間話を挟み、結は周りに人が少ない場所を選んで握力計を手に持った。
 左手と右手、それぞれにパワー系の個性をイメージして左右交互に二回ずつ測定すると記録が表示される。堂々と百の位を映す画面を横目に、再び右手の動作確認をしながら握力計を元の場所に戻す。

 その後も立ち幅跳び、反復横跳びなどを行ったが、どの種目もトップの記録を叩き出すことはない。結の記録は全て二番目から四番目の間に入る結果となった。




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