救助訓練?


 報道関係者が騒ぎを起こした日から丸一日。
 午後の授業、ヒーロー基礎学では人命救助訓練を行うとのこと。相澤、オールマイト、現地で待機しているスペースヒーロー13号の三人体制で生徒たちを指導する予定になっていた。だが、オールマイトは通勤時に制限ギリギリまで活動してしまい、到着が遅れるらしい。

 訓練場は離れた場所にあるため、バスに乗って移動をする。新たに委員長となった飯田が入口で番号順に二列で並ばせたが、想像とは違った席の配置を目にして嘆く。皆は自由に座り始めた。

「すっげー!! USJかよ!?」

 バスに揺られた後。施設内に足を踏み入れると、様々な事故や災害を想定して造られた演習場が数多く現れる。ここはウソの災害や事故ルーム、略してUSJだ。

 救助訓練を始める前に、13号から自身の個性について人命のためにどう活用するのかを学ぶよう説明される。13号の個性はブラックホール。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまうが、簡単に人を殺すこともできる。使い方を誤れば恐ろしい被害を出してしまう個性だ。
 体力テストで自身の個性が秘めている可能性を知り、戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験する。そして次は人命のためにどうやって使うのかを学んでいく。個性は人を傷つけるためにあるのではなく、助けるため。
 それらを心得てから帰るように、と話すと13号はぺこりとお辞儀をした。

「以上! ご静聴ありがとうございました!」
「ステキー!」
「ブラボー! ブラーボー!!」
「そんじゃあ、まずは……」

 訓練内容の説明を始めようとした相澤だが、言葉も発さずにぴたりと動きを止めて異変を感じた中央の噴水付近に目を向けた。下調べ時には一切の問題はなかった場所に黒い靄のようなものが現れていた。段々と広がっていく中から人の手が姿を見せる。
 この瞬間から幸せな日常を壊した"悲劇"が再び始まった。

「ひとかたまりになって動くな! 13号! 生徒を守れ!!」

 相澤が大声を上げたと同時に、黒い靄から大量の人や謎の生き物が溢れ出た。地に足をつけた人々は四方八方に歩んでいく。
 生徒たちが集まっている場所は出口の真向かい。建物内の底面に設置された噴水と比べて高所にあるため、すぐに焦り出すことはできなかった。

「何、あれ」
「また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「動くな!!」

 状況を理解していない切島が施設の中央を覗き込もうとしたが、首元から黄色いゴーグルを取り出した相澤に阻止される。
 あのゴーグルを身に付けるのはヒーローとしての仕事をする時のみ。咄嗟に状況を理解した結は相澤が説明するよりも先に身を強ばらせた。

「あれは敵だ!!」

 この場にいる生徒全員が息を飲んだ。ヒーロー科に入学したからといって、学校側は実際の敵を相手にする授業など行わない。仮想敵や対人戦闘で経験を積み重ねていき、プロヒーローの元でインターンシップを行って初めて敵との戦いや対処法を体験するはずだった。
 それらが叶うことはなく、施設の中央で頭や肩や腕に手のような物を付けた男が黒い靄の中から広間に目を向けた。

「せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ……オールマイト、平和の象徴いないなんて……子供を殺せば来るのかな?」

 男の発言は途方もない悪意に満ち溢れていた。



 校舎から離れた訓練場でヒーロー科一年A組がヒーロー基礎学を行う時間帯に敵が大勢で襲撃した。これらは前もって計画を立てた上で実行したのだろう。
 施設に備えられている異常事態や侵入者を雄英高校に通知するセンサーは、敵に妨害されたのか反応することはなく。相澤は帯電の個性を持つ上鳴にも学校側に連絡を取れるか試すようにと命じた。

「13号避難開始! 学校に連絡試せ!」
「わかりました!」

 手馴れた様子で相手の動きを確認しながら指示を出す相澤。避難を呼びかける声に振り向きもせず、噴水付近から目を離さない結の肩を掴むと階段から遠ざけるように押した。

「お前は13号と行動しろ。いいか、絶対に離れるな。無闇に戦ったりするなよ」
「……先生は、どうするんですか。あの数の敵を、一人で倒すつもりですか? プロヒーローだからって、どんなに強くても、一人で戦うなんて」
「俺は大丈夫だ。今は自分の心配をしろ」
「……もし消太さんに何かあったら、わたしは」

 震えた声は相澤の耳に届くことはなく、雑音に掻き消された。相澤は仕切りを13号に任せて、たった一人で敵の群れに飛び込んでいく。次から次へと敵を倒していく姿に結の不安は募るばかりで。
 相澤に意識を向けていた結を切島が出入り口に導いた。近くで相澤の分析を始めていた緑谷も飯田が今すぐ引き返すようにと急かす。

「――させませんよ」

 だが、瞬く間に施設の中央に現れていた黒い靄が出入り口を塞ぐようにして目の前に広がった。突然のことに誰もが動けずにいる中、靄はゆっくりと形を整えた。

「初めまして。我々は敵連合。せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 軽薄に意図を喋り始めた敵に対して、安易に身動きを取れなくなった生徒たちに緊張が走る。靄がゆらりと動くと同時に、13号はいつでも個性を使用出来るようにと指先の蓋を開けた。
 その時、二つの影が黒い靄に立ち向かっていく。拳を構えて飛び出したのは切島と爆豪だ。二人は個性を使い、思いっきり攻撃を仕掛ける。だが、敵は靄の形を崩しただけで効いている様子は全くなかった。

「ダメだ! どきなさい二人とも!」

 13号が先走った二人の間に入る前に、黒い靄はひとかたまりの生徒たちを包んだ。広範囲の敵の攻撃の中で「離れろ!」と焦りを含んだ誰かの叫び声が聞こえた。
 個性を使用する間もないまま、13号が離れてしまった隙に結の体を不気味な靄が包み込んだ。

 絵の具が水に溶けていくような速さで視界が真っ暗に染まる。
 次に瞼を開けた時には、見覚えのない廃れた建物の一室。辺りに瓦礫が転がっている空間に落ちる瞬間だった。

「いたっ……くない」
「あ゛ぁ!? 重ェんだよ! さっさと退けや!!」
「ご、ごめん!」
「おい爆豪、そこまで言う必要ねぇだろ!」
「うるせェ黙ってろ! つーか、ここ何処だよ! あのクソ靄どこいきやがった!!」

 運が良いのか悪いのか。落下の衝撃を覚悟していた結が尻もちをついたのは、同じく靄に飛ばされた爆豪の背中だった。そんな爆豪の下には二人分の重さに苦しむ様子を見せない切島の姿があった。
 罵声を浴びたが怪我はなく、結はコスチュームについた埃を払い終えると状況を確認する。敵の個性によって他の生徒も各地に飛ばされたのだろう。この場に居合わせているのは結と切島と、苛立ちのままに手のひらで火花を散らす爆豪だけ。

「お、男二人に女一人か。殺しがいがありそうだな」
「待ち構えててよかったぜ」

 そして、薄気味悪い笑みを浮かべる複数の敵。この建物内に三人以外の生徒が居る可能性もあるが、恐らく微かに感じた気配は全て敵のものだろう。
 刃物や拳銃を手に持った敵はじりじりと距離を詰めて三人に近付いていく。

「俺が全員ぶっ殺す」
「物騒だけど男らしいな。俺も加勢するぜ、爆豪!」
「あ? 俺一人で十分だわ。んで、テメェは戦えんのかよ。停止女」
「停止女じゃなくて千歳だけど……自分の身は自分で守れるから安心して」
「あっそ」

 結が一人で戦えることを知ると、爆豪は先頭を切って敵に爆破攻撃を仕掛けた。後に続いて、切島も得意な近距離格闘で敵を倒していく。
 そんな二人の間から見くびった様子で刃物を振るう敵の姿が見えた。結は足元に落ちていた小さな瓦礫をいくつか拾って左手で持つと、敵に向けて投げつける。

「へっ! 目に見えて分かるダセェ罠、引っかかるヤツがいるわけ――」

 避けた敵を追いかけるように、瓦礫は空中で方向転換をした。勢いよく服に当たると反動でバラバラと散っていく。瓦礫に触れた敵の動きはぴたりと急停止した。

「な、何しやがった……!?」

 仲間の動きが止まったことで怖気付いた敵は、震えた声で結に拳銃を向ける。結は怯えた素振りを見せず、左手で弄んでいた瓦礫を再び敵に投げた。手に収まっていた拳銃は発砲されずに、音を立てて地面に転がり落ちる。
 彫像のように固まった敵たち。その対処に結は頭を悩ませていた。得意な念力と停止以外にも個性を使えるが、この状況では相手に致命傷を与えてしまうだろう。氷漬け、または瀬呂のような個性で拘束をした方がいいのだろうかと。
 敵に向けていた結の右手の上から誰かの手が伸びる。その手は戸惑いも躊躇もなく敵を爆破した。爆発音が止むと建物は静けさを取り戻す。

「これで全部か。トドメ刺せや雑魚女」
「あ、ありがとう、爆豪くん。どうやって倒そうか悩んでたから助かった」
「はんっ、雑魚だな」
「女子に対して雑魚とか言うなって……。千歳、怪我してねえ? 大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
「っし! なら早く皆を助けに行こうぜ! 俺らがここにいることからして、皆USJ内にいるだろうし!」
「行きてぇなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す」
「はあ!? この期に及んでそんなガキみてぇな――」
「切島くん、ごめん。私も行かなきゃいけない場所があるから」
「ちょ、ちょっと待て! お前ら自由すぎるって!!」

 二人が別々の行動を取ることを知った切島は頭を抱えた。三人で行動をしようと説得を始めた最中、爆豪の背後から生き残っていた敵が刃物を拾って音もなく襲いかかる。
 敵の狙いはこの中で一番無力そうな結だった。刃物が光に反射したと同時に結と切島は戦闘態勢をとる。だが、爆豪は相手の姿を視認せずに左手を振るうと、敵の頭を見事に爆破させた。

「つーか、生徒に充てられたのがこんな三下なら大概大丈夫だろ」
「す、すごいね爆豪くん」
「お前、そんな冷静な感じだっけ? もっとこう……」
「俺はいつでも冷静だクソ髪野郎!!」
「ああ、そっちだ」

 ほっと安堵の息を吐く切島。その隣で爆豪は位置がずれてしまった右腕の篭手を付け直す。そして、横目で右手を軽く振っている結を睨みつけた。

「停止女は雑魚相手にトドメも刺せねェ癖に一人行動すンのかよ。随分呑気なこった」
「さっきは手が出せなかったけど……次は大丈夫。爆豪くんこそ汗すごいよ、バテてない?」
「……あァ?」
「おいおい、ここで喧嘩すんなって! な!?」

 火に油を注ぐような言い方に、爆豪は額に青筋を立てて顔をひきつらせる。瞬時に切島が結を守るようにして間に入り込み、両手で火花を散らす爆豪を宥め始めた。
 仲介人である切島にも完全なとばっちりの怒号が飛ぶ中、結は窓際から建物の出入り口付近を見下ろしていた。周囲の安全を確認してから縁に足をかけると「そろそろ行くね」と二人に声を掛ける。

「待てよ千歳、行くってどこに……」
「先生のところ」
「は――ッ?」

 淡々と答えた結は躊躇う様子など一切見せずに、軽々と空中に身を投げ出した。
 当たり前のように個性を使えるとしても、生身の人間が建物の高所から飛び降りる瞬間は衝撃的で心臓に悪い。さらに、二人は結の個性について詳しい話を聞いたことがなかった。

 切島は慌てて窓から覗き込むと、そこには何らかの個性を使って着地したのであろう無事な結の姿があった。切島が胸を撫で下ろして「心臓止まるかと思った」と震えた声で呟いた背後で、怒りに満ち溢れた爆豪の舌打ちが響いた。




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