普段からなにかにつけて顔を合わせては理由を聞くのも面倒だと思うほどくだらない理由で喧嘩を繰り返している彼らの言い争いなんて、呪術高専に在籍している限りはもはや日常風景とおなじである。貸していたノートに落書きをされた、だの、ストックしてあったお菓子の最後のひとつを横からかっさらわれた、だの、あげていけばキリがない。ノートの落書きなんてあったところで減点してくるような教師はここ高専にはいないし、呪術師をやっていて駄菓子くらいでダメージを受けるような懐事情でもないだろうに何がそこまで彼らを駆り立てるのかは永遠の謎だが、どうやら今回の喧嘩はそれなりに剣呑らしい。
教室を開けた瞬間、なぜか距離を取って向かい合って座っている五条となまえ、間には二人を取り持つように座っている困り顔の夏油。

ああ、これは面倒なパターンだ。
即座に判断しドアを閉めるが、めざとい夏油がそれを許すことはなかった。


「硝子、入っておいで」
「嫌だよ、面倒そうな雰囲気すごいじゃん」
「それが分かってるならクラスメイトを助けてくれてもいいんじゃないかい」
「知らね」
「タバコカートンで手を打ってくれないか」


組んでいた腕をほどき私に手招きをする夏油。まあ、カートンで買ってくれるなら多少話を聞いてやるぐらいはいいかもしれない、もしかしたら面白いことになっているかもしれないし。そう思いながら夏油の隣に椅子を引っ張り腰掛けるが、近くで見るとより一層五条となまえの表情が一触即発のそれでカートンひとつ程度で手を打ったことを早くも後悔し始めた。


「…ちょっと私用事あるかもしんないわ」
「分かった、カートンもうひとつ追加するから」
「その大盤振る舞いなんなんだよ」
「私だけでは手に負えないんだよ」
「夏油で手に負えないなら私でも無理だろ」
「女性にいてほしいんだ」
「はあ?何があったの」
「……なまえ、言ってもいいかい?」


こくり、と神妙な顔でうなずくなまえはさながら大戦前の戦国武将の総取りのようだが、いかんせん彼女は五条いわくチンチクリン、端的に言えば非常に小柄な女の子だ。そんな彼女がどこぞのおっさんのように神妙な顔でうなずく様は笑いを誘うが、なんとか耐える。ここで笑ってしまったら最後、もしかしたらこの面倒な事態はさらに発展を遂げるかもしれないからだ。


「…実は、ちょっとしたラッキースケベがあったみたいでね」
「………はあ?」
「被告人五条が当方の胸に顔を押し付けるという公然わいせつ罪に及んだんだよ硝子」
「だれが被告人だだれが!」
「嫁入り前の娘の胸にダイブしといて言い逃れか!!」
「胸?鉄板の間違いじゃねーの?」
「失礼な!こちとら自己認知はCカップだぞ!」
「なに盛ってんだ、あの感触はいいとこBカップだろ」
「悟、やめなさい」
「くぅ…!硝子検事!」
「あ、私検事なんだ」
「ってことはもしかして私は悟の弁護士かい?」
「わたしだって生理前ならCカップぐらいはあると思います!」
「なら通常時はBだろ。キモいけど五条の予想当たってんじゃん。で、被告人はなにか申し開きとかあんの?」
「Bカップ程度に頭突っ込んだからってセクハラにはあたんのはさすがに不服」
「ストレートすぎてウケる」
「どうせなら傑ぐらい育ててから言えっつー話な。な、傑もそう思うよな!俺の勝訴だよな!」
「私に振らないでくれるかな、慎ましやかと言えど女性の胸に突っ込んだならもちろん敗訴だよ」


やたらとノリよく進められていく会話だけを聞いていると本当にこいつらは喧嘩をしているのか疑いたくなるレベルだが、当人たちはこれで至って真面目なのだから理解が追いつかない。というよりどうしてこの身長差で彼女の胸に五条がダイブするような事態になるのだろうか。逆に彼女が五条の胸にダイブする、なら納得もでき…いや、ないか。他のだれかならまだしも、なんらかの事情で五条が無下限を発動しておらずなおかつ転ぶなんてとんでもない奇跡が立て続けに起こったとしても、おそらく彼女なら五条が視界に入ってきた瞬間即座に距離を取る。それどころか意気揚々とそうしてすっ転んだ五条の動画なんかを撮って楽しんでいそうだ。
…女子高生というよりどちらかというとガキ大将の小学生と言われたほうが納得のいくその姿はあまりにも想像に容易い。

しかし、(できることなら辞職したいが)検事に任命されたのであればこの事態を収束させるためにも事の次第は正確に理解していなければならない。決して今後なにかあった際に御三家当主となった五条を揺するためのネタにしようとは考えていない。


「そもそもなんで五条がなまえの胸に突っ込んだんだ」
「傑と話してて周り見てなかったら事故ったんだよ」
「話に夢中なうちに五条のお菓子盗もうとしてこっそりカバンに手を伸ばそうと接近したら急に五条の顔面がわたしの胸にダイブした」
「待って、原告も余罪あるじゃん」
「おまえまた俺のお菓子盗もうとしてんじゃねーよ」
「ここからコンビニとか自販機までめちゃくちゃ遠いんだよ。五条は生きるどこでもドアなんだからいつでもびゅんって買いに行けるじゃん、ケチケチすんなし」
「だから俺は未来の便利道具じゃねーんだよ」
「よって今五条が所有している全お菓子の提出をもってしか示談を受け付けません」
「つーか意図的にやろうとしてねえ俺より明確に窃盗しようとしたおまえのほうが罪深いだろ」
「嫁入り前の娘の乳を堪能したくせに!?」
「乳って言うなよ嫁入り前の娘が」
「本来なら責任取らすところだぞ、絶対やだけど」
「は?こんなグッドルッキングガイ捕まえて何言ってんだチンチクリンごときが」
「は!夏油ぐらい色々成熟してから物を言えよノッポくん」
「おまえのその傑への絶対的な信頼はなんなんだよ」
「はは、私なら責任を取らせてくれるのかい?」
「傑もこいつに対しての距離感おかしくねえ?」


もうもはや原告も被告も余罪多数のカーニバル状態だが、そうとなった瞬間弁護士まで職務を放棄しだしたのだから手に負えない。だが、結局当事者である彼らだってもうすでに何に対して怒っていたのかあまり頓着していないのだろう。あいかわらずギャアギャアと小学生みたいな言い争いを繰り返しては夏油にまるで小さな子供を見ているかのような温かい目で見守られているその構図は、もうすっかりいつもどおりの日常である。


「…あほくさ」


そう思いこそすれ、私もそんなあいつらの姿を見て笑っているあたり同類だろう。呪術師だからといってそれぞれが抱えた大義名分のためだけに粛々と生きていたって息が詰まるだけだ、こんな日々も悪くはない。その中心に彼女の笑顔があるうちは、私達だって呪術師の前にただの一人の人間になれる。そんなささやかな幸せを享受できるのであれば、この程度の騒動など些末なものだ。まあ、カートン2箱は貰い受けるけど。

示談は成立しません
(22.0125)





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