意外なもので、中学生だったころにはじまった跡部とのお付き合いはこうして大人と言えるような年齢になってまで続いている。当時は金持ちのボンボンがどうしてわたしなんかのことを好きになったのかがわからなくて、いよいよ金持ちの道楽もここまでくれば酔狂としか言いようがないとさえ思っていたし、遅かれ早かれ跡部の気まぐれもそう長いことは続かないだろうと高をくくっていたものだけれど、現実は小説より奇なりとはよく言ったものである。こんなことを言うと忍足あたりは「おまえうそやろ。あの跡部を特等席で見ててほんまにそう思うんやったらおまえの恋愛偏差値死んでるで」なんて言ってきそうなものだが、あれだけ漫画のようにモテまくっていた男がこんな平々凡々な女に本気で惚れ込むと思うほうが感受性に問題ありだろう。なにせやつは海パン姿で学校のマドンナどころか国籍問わず世界中の女をとりこにするような男なのだから。

まあ、何が言いたいかと言えば、ずっと避けて通っていたイベントがとうとうやってきてしまったのである。正直腹が痛いどころの騒ぎではない。


「……えっと、なんて?」
「だから、そろそろ俺の実家に挨拶にこねえか」
「えーーー…まだ時期尚早じゃないかな」
「10年付き合っといてか?」


やたらと優雅な動作で紅茶を飲みながらわたしを睨みつける跡部の言うことはごもっともである。もうわたしたちも20歳をとっくに過ぎ、なんなら結婚していたっておかしくないような年齢にも差し掛かってきている。もちろんわたしとてわたしの言葉に圧倒的な矛盾があることは重々理解しているつもりだが、それでも素直に首を縦に振ることができないのはわたしと跡部の家庭環境の違いが圧倒的すぎるからだ。たとえばこれで相手が宍戸や向日あたりなら正直気楽なのだが、いかんせん相手はあの跡部財閥の御曹司だ。ロールスロイスに運転手つきというドラマでも見ないようなコテコテの金持ちセットで6年間登校し、家は観光名所にもなるような宮殿で、さりげない持ち物ひとつですらハイブランドで固めるような男なのである。そんな家にどんな服を着ていけばいいのかもわからないし、手土産なんてノーアイデアだ。何を持っていっても粗品と思われるのではないだろうか。まあ、実際忍足いわく跡部のお母様は財閥の夫人とは思えないほど物腰やわらかな優しい人だそうなのだが、それでも忘れてはいけないのは何食わぬ顔をしてわたしたちに混じっている忍足とて立派な上流階級の人間であるということだ。つまり忍足の言うことはほとんど信用できない。

しかしまあ、これで跡部がまだわたしの家に来たことがないのであれば理屈も通るが、変なところで律儀な跡部は付き合いたて早々の段階でなぜか正式に我が家に挨拶に訪れているのである。もともと我が家の人間はフレンドリーな人間が多いこともあって我が家は跡部の第2の実家と化しているが、今後も跡部とお付き合いを続けていくのであればそろそろ覚悟を決めなくてはならないような気もしないでもない。


「何が気になるんだ」
「えー、だってわたし跡部財閥の家にお邪魔できるようなハイブランドの服持ってないもん」
「たかが恋人の家に挨拶に来るだけだろうが、普段着で構わねえよ」
「そんなわけにはいかんだろうよ」
「気になるなら服ぐらい俺が見繕ってやる」
「手土産だって何持っていったらいいかわかんないしさ」
「そんなもんいらねえよ」
「跡部はスーツ着て手土産持って我が家に来たのに?」
「俺は男だからな、大事な娘さんとのお付き合いを許してもらうのに手ぶらってわけにはいかねえだろうよ」
「そういうもん?」
「ああ」


まだ学生だったといのにスーツまで着込んで手土産を持って我が家に来た跡部の姿が脳裏に浮かぶ。当然そんなテンションで娘の彼氏がやってくるとは思わなかった父親と母親は面食らっていたが、普段人に頭を下げることなんてほとんどない跡部がぺこりと形のいい頭を下げて「娘さんとお付き合いをさせていただいてます」と挨拶をしてくれた日はなんだか気恥ずかしくて両親の顔が見れなかったっけか。そんなわたしの隣で堂々と両親に微笑む跡部は緊張しなかったんだろうか。


「跡部はさあ」
「ああ」
「わたしの両親に会うとき緊張しなかったの?」
「アーン?何言ってんだ。してたに決まってんだろ」
「え!?そうなの!?」
「だからスーツまで着て行ったんじゃねーか」
「え、まさか交際は認めないとかって言われるかもって思ってた?」
「ああ」
「もし言われてたらどうしてたの」
「認めてもらえるまで土下座でもなんでもしてたかもな」
「ええ…跡部が土下座…」
「俺をなんだと思ってやがる」
「完全無欠の跡部様」
「それは否定しねえが」
「(否定しないんだ)」


クスクス笑いながら跡部の長い指先がわたしの頬を撫でた。ともすれば女性みたいに長くてきれいな指なのに、誰よりも努力家な彼の指先はその見た目とは裏腹に少し皮膚が固くてゴツゴツしている。けれどどんなときだって決してわたしを傷つけない。そんなにやわな女の子でもないのに、跡部はいつまでたってもわたしに触れるときまるで壊れ物を扱うみたいな精細さを忘れない。

思えば長い時間を一緒に過ごしてきたものだ。その中で変わってしまったものもたくさんあったろうが、それでもこうして最初から変わらないものをひとつひとつ見つけるたび、何度でも跡部のことを好きだと思う。


「まあ遅かれ早かれだからな。おまえの覚悟とやらが決まるまで待ってやるよ」
「…なにそれ」
「どっちみちもう逃がすつもりはねえからな」
「ふふ、自信家ね」
「最初に言ったはずだぜ、一生大事にするから付き合ってくれと」
「…ならわたしもおまえみたいな女は認めないって跡部のご両親に言われたら認めてもらえるまで土下座でもしようかな」
「ありえねえ話だな」
「そうかな?」
「俺様が惚れ込んだ女だ、世界で1番いい女に決まってる」


さも当たり前のようにそう言い切ってみせる跡部はいつだってわたしを否定しない。わたしの弱さすらも許容して、それも長所だとすべてひっくるめて肯定してくれる。もし仮に、わたしが跡部の言うようにいい女なのだとしたらそれはすべて跡部が作り上げてくれたものだ。そしてそれが、とても心地良い。

だから今度の週末、とっておきのワンピースを着て愛する彼の両親にご挨拶に行こうと思う。今まで与えてもらった幸福や安心感を、これからはわたしもあなたに与え合えるような関係性になりたいから。ほんの少し怖いけれど、それでも隣に跡部がいてくれるならわたしは世界で1番いい女になれるのだ。

(22.0708)





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