今だから言えることだけどね、わたしあのときあんたのこと大嫌いだったの。だってあんたって口を開けば弱音ばかり吐いて、泣いて喚いて散々だったもの。きっとこんなことを言えばあんたは昔の話だってどれだけ言ったって泣きながらわたしのまわりをうろちょろするんだろうけど、考えてみなさいよ。自分は家族の仇をとれるなら自分の命だって差し出せる覚悟で鬼殺隊に入ったってのに、おなじ仲間であるあんたは戦える力があるのに戦いたくないだなんて泣きながら情けないことを言うのよ。それに女の子と会えば鼻の下を伸ばしてばかり。なんのために鬼殺隊に入ったんだって怒鳴りつけてやりたかったし、はじめてあんたとおなじ任務に行ったときは鬼に斬られる前にわたしがたたっ斬ってやろうかってそればっかり考えていたぐらいよ。わざわざまわりのやつらに同意を求めたことはないけれど、きっとおなじようなことを考えていた人間はわたし1人だけではないはずだわ。

だけど、大嫌いだったはずのあんたへの見方が変わるようになるのにそう長く時間はかからなかった。そんな性分だったから、たいして仲のいい同僚の一人もいなかったわたしが怪我をしたって見舞ってくれるひとは誰一人としていない。それはそれで構わないと思っていたけれど、当時だってわたしに好かれていないことは分かりきっていただろうにあんただけは毎日わたしを見舞ってくれたのよ。そうしてわたしに旅の話を聞かせてくれたり、近くの花畑で編んだ花かんむりをわたしにかぶせてくれたりした。意識があっても当時は口を利くどころか目を開けることだってできやしなかったのに、それでもあんただけは心からわたしが目を覚めるのを祈ってくれた。最初はいつまでこんなくだらない話を聞いていなくちゃいけないのってイライラしたりもしたもんだけど、それでもあんたは最初からわたしに対しての不満を口にしなかった。ただもう1度会いたい、はやく起きて、と穏やかにわたしを呼び続けるその声に、いつしかはやく目を覚まして1番にあんたと話がしたいと思った。
結局、わたしは独りよがりだったんだって気づいたわ。家族を殺されたった一人になって、仇を討つことだけがわたしが生きていく意味だと生きていく中で、鬼殺隊としておなじく刀を取るならばおなじ覚悟で生きていくべきだ、と筋違いな期待をして生きづらくなっていただけ。柱様たちが様々な呼吸を使って戦うように、強さなんて百人いれば百通りだもの。あんたの穏やかなやさしさはまるで地獄を知らない人間がのうのうと笑っているように見えて嫌いだったけど、きっといままでたくさん悲しいことや辛いことを乗り越えてきたからこそ形成されたものだったんだわ。

目を覚ましたとき、あんたは泣きそうな顔で「おはよう」と笑いかけてくれた。そのとき、わたしは思ったの。目を閉じていた間あんたの言葉にどれだけ救われたか、なんて癪だから一生言ってやらないけど、それでもきっとわたし、あんたのこの笑顔だけは何があっても守ってやろうって。疑うよりまずは信じてしまうひと。騙されてもだれかがしあわせになれるならそれでいいと笑えるひと。だから、わたしはそんなあんたが一生笑っていられるように汚いことは全部引き受けてやろうって。わたしはあんたと違って疑い深くて狡猾な女だから、なにもかも飲み込んでしまうあんたでは気付かないような些細な不幸の片鱗だって目ざとく見つけて逃さないわ。花かんむりなんて編んであげられるほど器用な性分はしていないし、あんたを笑わせられるような面白い話をしてあげられるわけでもないけれど、そのぐらいは恩返しをさせてくれたっていいと思うの。


「なまえちゃん、何書いてるの?」
「覗き込まないで」
「ごめんごめん、何書いてるかは見てないから安心して!ほんとだよ!俺、なまえちゃんの嫌がることはしないんだ」
「さすがにわたしが何をされたら嫌かはもう分かってるのね」
「もうそんなに短い付き合いでもないからねえ。で、なに書いてたの?」
「それは気になるんだ」
「うん。嫌ならいいけど」
「強いて言うなら遺書かな」
「え、遺書!?」
「いつ死んじゃうかわかんないからさ」
「祝言の前日にやるようなことじゃないよね、それ」


はは、と困ったように笑うあんたはそう言ってわたしを後ろから抱きしめた。そのとき手紙の内容は見ないようにしっかりと目を閉じているのが見えて、やっぱり律儀なあんたに笑ってしまう。遺書、というのは冗談だけれど、いつかきっとあんたにもこの手紙は見せてしまうつもりでいる。いつの日かこの手紙を読んだとき、あんたは「俺のこと嫌いだったの!」と情けない顔でぎゃあぎゃあと泣いているやら怒っているやらわからないような叫びをあげながら憤慨するんだろうけど、嫌いな男と祝言をあげるほどわたしも物好きじゃないんだって言ってやれば静かにはなるだろう。愛してる、なんて今際の際にしか言ってやらないけど。

かつて大嫌いだったあんた
(22.0127)




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -