涼太とお付き合いするようになったが、それでもわたしたちはあくまで教師と生徒である。それこそ高校生たちがやるようなデートなどできないし、それに彼は部活動もあればモデル活動までしているようなひとなのだ。どちらかというとわたしより多忙である彼とは平日学校で会うぐらいだろうと思っていたが、彼はすこしでもわたしと接していたい、とある代替案を提示してきたのである。


「でも、涼太も忙しいだろうに毎日電話って大丈夫なの?」
『もう先生の声聞かないと俺寝れないっスから』


そんな可愛いことを言ってくれる涼太と1日の終わりにこうして電話で話すのは定例と化してきている。電話ならだれにも見られないし安心でしょ?と笑ってくれた涼太はほんとうにいつもわたしのことを考えてくれていると思う。こんなに気が回る18歳がいるものだろうか。少なくともわたしが18歳だったころはこんなにしっかりはしていなかった。
スマホをホルダーにセットして缶ビールのプルタブをひっかく。ちなみにこのスマホホルダーはこうして涼太と電話するようになってから購入したものである。


『あ、今ビールあけたでしょ』
「バレちゃった?」
『いいな〜俺も早くお酒飲めるようになりたいっス』
「案外あっという間に20歳になるよ」
『できることなら今なりたいぐらいっスよ』
「ええ?もったいないよ。高校時代が1番たのしい青春だよ?」
『俺はね、はやく先生の隣に大人の男として立ちたいの』
「今でも体格だけで見れば十分大人っぽいけどね」
『体じゃなくて!なにかあれば力だけなら守ってあげられるっスけど、大人にしかできないこともたくさんあるから』
「ふふ、大人になったらいろんなものから守ってくれるの?」
『もちろんっスよ!毎日楽しい生活を保障するっスよ〜』


そう言って笑ってくれる涼太はあれこれと夢見ているわたしとの将来を語り始めた。車でドライブデートをして、遊園地で手を繋いでアトラクションをまわって、仕事終わりに待ち合わせをして一緒にバーでお酒を飲む。そうしてどちらかの家に泊まったりして、すこしずつそれぞれの部屋に私物が増えていって、いつか一緒に住みたい、なんて、こちらが恥ずかしくなるほどストレートに愛情表現をしてくれる彼の夢のいくつかは、わたしが教師でさえなければ叶えられることだったが、それでももう彼を手放すことはできない。恋など完治しない疫病のようなものだ。当事者たちはいつだって熱に浮かされている。


「いいね〜わたしペット飼いたいな」
『いいっスね!なに飼いたいっスか?』
「猫ちゃん。わたしいつか猫ちゃんと一緒に暮らすのが夢だったの。実家でも猫飼ってるんだけど、やっぱりこっちでも猫ちゃんと一緒に暮らせたら幸せでしょ?」
『俺も猫好きっスよ!あ、でもあんまり猫に構ってばっかりで俺を放置したら寂しくて泣いちゃうからね』
「あはは、うさぎじゃん」
『泣かせたくないなら俺のことも構ってね』
「涼太も構ってくれないとわたし拗ねちゃうかもよ」
『なーに言ってるんスか。俺が先生と一緒に暮らせたらもうそりゃべたべたに甘やかすし、多分先生が嫌ってぐらいくっついてるっスよ』
「普段大人っぽいのにそういうところは子供っぽいね」
『だって大好きっスから』


照れくさそうな涼太の声はとても心地いい。こんなにもまっすぐにだれかに好きだと言われることなんてもう一生ないと思っていたけれど、純粋にわたしのことを好きでいてくれている涼太の気持ちがとにかく嬉しくて、口元が緩む。ビデオ通話でなくて心底よかった。こんな顔とてもじゃないけれど大人として涼太には見せられない。


『あ、そう言えばなんスけど』
「うん?」
『寂しい思いとかさせてないスか?』
「…それはどちらかと言うとわたしのセリフだよ」
『先生は大人ぶろうとしてすぐにそういうこと言っちゃうから、俺はちゃんと先生のこと見てようと思って』
「…ふふ、愛されてるねわたしって」
『先生からしてみたら俺はまだまだ子供に見えるかもだけど、18歳って思ってるより子供じゃねえんスよ?』


知ってるよ、わたしも昔は18歳だったから。そう言おうと思ったけれどやめた。わたしも昔18歳だったころは大人たちが思うほど子供ではないと思っていた。けれど、実際大人になってみて分かるのは、18歳はたしかに子供なのだ。まるっきり子供というわけではなくても、大人にもなりきれない。精一杯背伸びをする涼太が大人になる日は近いのだろうけれど、大人になってしまえば子供にはもう戻れない。涼太がそうやって大人に憧れ、わたしに近付こうとしてくれることは素直に嬉しかったけれど、涼太にまだ子供でいてほしいという気持ちもたしかにわたしの中にはあったのだ。

まあ、そんなことを言えば涼太がショックを受けるのはさすがにわたしでも分かる。ので、わたしはただ今を楽しんで笑うことにした。


『ね、先生。信じられないかもしれないけど、俺、いつか本当に先生と結婚したいなって思ってるんスよ』
「5歳も年上だよ?涼太が25歳の時わたし30歳だし、そうなると若い子のほうがいいってなっちゃわない?」
『なっちゃわない。いつか俺でも先生を守れるって思った日には、ちゃんとプロポーズするっスから、それまで待っててくれる?』


そう言ってくれる涼太の言葉はいつだってとびきり甘い。
だから、わたしもそんな未来に夢を見てしまう。

きっとよ、と言ってあげると、涼太は絶対、と言葉を返した。
けれどきっと涼太はまだまだ世の中を知らない。なにが起こるかわからない不確定の未来や将来に絶対など存在しないのだ。それこそ当事者であるわたしたちが何をしたところで変えられないもののほうがずっと多い。
けれど、わたしは大人になったつもりでいて、まだ涼太同様世の中を知らない子供同然だった。

(20.0419)

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