正直、どんな格好をして行ったらいいかわからなかった。今時の高校生たちが好むような服装なんて今のわたしにはもうわからないし、それにそんな服装をわたしが着こなせる自信もなかった。ただ、それ以上にわたしが個人的にバスケ部の試合を見に行くのはアリなのだろうか。迷いに迷った結果わたしが選んだのは、変装することだった。…いや、極端だなあと自分でも思うけれど、あんなことを言われてしまった手前、平常心で会いに行って声をかけられるのも恥ずかしかったのだ。23歳といえども恋愛経験は正直高校生にも劣る勢いだと思う。

それにしてもこの変装は誰にも見抜けないのではないだろうか。

いつもはダークブラウンのストレートヘアのわたしが、少し明るめのアッシュヘアーのボブのウィッグをかぶって、カラコンも入れて、化粧もいつもより濃い目にして、普段はパンツスタイルやタイトなスカートばかりを履いているというのに今日はショートパンツなんてだいぶ思い切った格好だ。いや、大学時代はこれが普通だったのだろうが、就職してからはほとんど履くことがなかったから違和感が強い。


「これでいいのかなあ…」


ただ、これでほとんど気づかれずに侵入することができた。それに今のところバスケ部員以外にうちの学生を見ていない。会場が広いからだろうか。


「今日キセリョ出るんだって!」
「超楽しみなんだけどー」
「わたしこのためにパックしてきたからね!」
「あんた超本気じゃん。告白すんの?」
「まさか!あと3キロ痩せたら告白!」
「いつの話よー」


…まあ、うちの学生ではなくとも黄瀬くん目当ての女子は多いようだが、それはそうだろう。黄瀬くんは学校外でモデルとしても活躍している生徒だし、学校外にこれだけファンがいるのもおかしな話ではない。そんな彼がどうしてわたしに告白まがいのことをしてきたのだろうか。学生同士でドッキリでもしかけていたのか、なんて他の生徒だったら勘ぐるところだが、黄瀬くんはそんなことをするようなタイプではないように思う。…まあこれもわたしが黄瀬くんに好意を持ち始めている贔屓目からによるものなのかもしれないが、おそらく黄瀬くんは人の心を踏みにじるようなウソは好まない。
とりあえず席を確保するのが先か。キャアキャアとはしゃいでいるあの女の子たちが一斉に席に座ったらわたしの座る席なんてあっという間になくなってしまうだろうし、さすがに立ち見は勘弁してもらいたい。

しかしそれにしてもバスケの試合なんていつぶりに見るだろうか。中学時代はバスケをしていたからこの光景も見たことがないものではないが、大人になってからこうして観戦することになるだなんて夢にも思わなかった。
けれどうちの高校は強豪だと聞いている。きっと見ごたえもあるだろう。それに黄瀬くんもキセキの世代なんて呼ばれるほどバスケが強いらしいし、経験者として楽しみな気持ちもあった。

が、試合内容はわたしなんかが経験者と語ることすら烏滸がましいほどの圧倒的な技術の詰め込まれた、観賞するのにお金を払ってもいいぐらいのものだった。
息をするのも惜しく一心不乱に試合を見つめるわたしはさぞかし異様だっただろう。時折声をあげて腕を振り上げて、まるで熱狂的なファンのようだ。そうして試合が終わるころにはなぜか疲れ切っていたわたしは自動販売機へ向かうことにした。どうせここまできたのだ。マネージャーあたりにジュースでも差し出してやって、渡してもらうことにしよう。そのぐらいはきっと一ファンの行動だとして受け止めてもらえるだろう。それにマネージャーの子とわたしはほとんどかかわりがないし、この状態のわたしを見て先生だとは思わないだろう。

そう思い適当にスポーツドリンクを購入している最中、聞き慣れた声が聞こえたような気がしてボタンを押す手が止まった。


「あ、あのね、ここまで来てもらってごめんね…」
「いや、いいっスけど。なんスか?俺実は早く集合しないとダメで、あんまり時間とれないんスよね」
「いや、わかってるの!すぐに終わるから!」


焦ったように顔の前で手を振る女の子は顔を真っ赤にしながら、しどろもどろになっている。…まあ、あるだろう。黄瀬くんぐらい顔が整っていてあれだけバスケがうまければ、告白の一つや二つあるだろう。
けれど、その女の子のなんとかわいらしいことか。まるでお人形さんのように整った顔にこれでもかというほど恥じらいを乗せているその表情は、同性であるわたしでも見惚れてしまう程美しい。それに、高校生だ。きっと、黄瀬くんだって彼女をかわいいと思っているに違いない。わたしとは何もかもが違う。わたしでは、あんなふうに恥らうことなどきっとできない。

手にしたスポーツドリンクが重い。
汗をかいているボトルの冷たさが指先に痛くて、なぜだか呼吸も止まってしまいそうな錯覚を覚えるほど、わたしはなにかに焦っていた。

けれど、これが正しい形なのではないだろうか。わたしでは彼を相手にすることなんてできない。それは、大人だから。淫行教師なんて呼ばれたくないし、彼には今の年頃にしかできないことを存分に楽しんでほしい。そこにわたしは介入できない。
ただ、それでいいのだろうか。
これを逃したら、わたしは一生、彼の人生に介入することができない。それを女であるわたしは諦めきれるのだろうか。彼のような人に一時のまやかしだとしても、愛される夢をみれるチャンスは、今しかない。


「わたし、黄瀬くんが好きなの」


女の子がその言葉を告げるのと同時に、なぜだかわたしも走り出していた。せっかく買ったスポーツドリンクは自販機にそのまま残ってある。手にしていたボトルも落としてしまって、おそらく中身もこぼれてしまっていることだろう。もったいないことをした。後で掃除をしなくちゃ。けど、そんなことはほんとうに後でいいのだ。

驚いた表情を浮かべる女の子の目の前で黄瀬くんの手を取り、全力で走った。黄瀬くんの表情はとてもじゃないが見れない。諦めきれなかった。わたしの目の前で黄瀬くんが幸せになるのは、どうしても耐えられなかった。それなら、ほんの少しの間だけだとしても、わたしだって黄瀬くんを捉えてみたい。その覚悟が決まったとはとてもじゃないが言えないけれど、それでも、ただ泣くだけで諦めきれる自信はなかった。


「…ちょ、あんた誰…」
「黄瀬くん」
「え、先生?」


驚いた声をあげる黄瀬くんはどうやら変装後のわたしをわたしとは思わなかったそうだ。まあ、あまり顔も見せていなかったし、そんなものかと思いながら、黄瀬くんに向き直る。ひさしぶりに走ったからか息が荒い。運動をしなくなってもう何年経ったのだろう。高校生だったあのころとはもう何もかもが違う。
けれどそれを認めて、息を大きく吸い込んだ。


「わたしのこと好きだって言ってくれてたね」
「…うん、俺先生が好きだよ」
「わたしは教師で、黄瀬くんは生徒で、あけっぴろげになんでもできるわけじゃない。黄瀬くんが若い子を好きになったら仕方ない。それでも、…それでもわたしも、黄瀬くんが好きだよ」


好きだよ、ともう一度絞り出したら、黄瀬くんはすこしだけまわりを見渡して、わたしのことを抱きしめてくれた。ほんのすこしだけ汗のにおい。温かい黄瀬くんの身体はわたしよりも随分と大きくて、こうしているとまるでわたしのほうが子供みたいだ。
こんなことをして何になるの、と冷静なわたしが訴えかける。けれど、なんにもならないことを知っていても、それでも、どうにもならないこともあるのだ。

覚悟を決めよう。
たった1度きりの冒険だ。

わたしは彼が好きだ。


「若い子にいくかもなんて最初からあきらめないでよ。俺のこと独占するぐらいの気持ちでいてくれなきゃ困るっスよ」
「…でも」
「でも、もだってもナシ!だって先生は俺の彼女なんスもん。俺、めっちゃ好きだから。ほんとに大好きだから」


ぎゅう、と強まる腕の力に息が詰まる。黄瀬くんは見た目ほど女の子の扱いに慣れていないのかもしれない。けれど、誰かと付き合うとき、その誰かがこんなにも喜んでくれるのはひさしぶりのことだった。大人になったら味わえないなにかがこの腕の中には詰まっている。それを知ってしまって、これからの人生わたしは大人として生きていけるのだろうか。


「黄瀬くん、」
「涼太っスよ、俺」
「…涼太くん?」
「呼び捨てでいいよ」


先生だけの特別。
そう言ってわたしの頬にキスをした彼の唇にわたしからキスをしてやった。そのときの涼太の鳩が豆鉄砲を喰らったような顔といったら!きっといつまでも、忘れない。まるでゆでだこみたいに顔を真っ赤にさせながら、それでもくしゃくしゃになりながら、大きな口で笑ってくれた。目尻のしわがかわいかった。
この瞬間をいつまでも忘れないままでいられたら、わたしは一生生きていけるような気がした。

(15.0923)

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