たとえばの話教師が生徒に告白をしたとする。フラれたとする。明日にはその噂が学校中に広まっているとする。そうしたらわたしは生徒たちに慰められるかキモがられるか後ろ指差されるかだろうし、学年主任に呼び出されて事情聴取を受けるだろうし、その時点でわたしが否定をしたとしても後で生徒に証言なんてされてしまったらアウトだ。よくて謹慎処分。
仮にオーケーを貰えたとする。しばらくは隠してお付き合いなるものができたとしよう。しかしそれがバレたらどうなる。

淫行教師としてニュースに連日報道されて、わたしは職を失い、彼もそれなりにダメージを受ける。

この恋心のようなものはすべてまとめてただのミーハー精神のあらわれだったということで、ごみ箱に捨ててしまうべきのようである。


「あーやってらんないなあ」
「なーにがやってらんないんスか?」
「どうしてこんなところにまで黄瀬くんは来ちゃうかなあ」
「ていうか先生煙草吸うんだ?」
「たまにね」
「ここ吸っていい場所?」
「菊池先生に聞いた」
「あーあの人ヘビースモーカーだからね」
「ていうか黄瀬くんは吸わないでしょ」
「大人になったら吸おうかなあ」
「黄瀬くんが大人になるころには煙草吸う気もなくなるぐらい増税で値上がりしてることを願うよ」
「吸ってほしくないっスか?」
「こんなん身体に悪いだけ」
「ちぇー先生と並んで煙草吸いながら大人の話と化してみたかったのになあ」
「そんときはお酒でも飲めばいいよ」


隠れて恋心の清算でもしようと思っていたけれど、校内で黄瀬くんに見つからない方が難しいようである。というか黄瀬くんはどうしてだかかなりわたしに懐いてくれている。黄瀬くんいわく「同級生たちと話すより先生の方が楽しいっスもん」なんてわたしにとっても彼にとっても不健全極まりないことを言ってくれているが、その発言を素直に受け止めてしまったら負けだ。きっとこの子は天然たらしである。大人としてしっかり受け流さなくては。


「次の授業は?」
「自習」
「だからって出なくてもいいってもんではないよ」
「みんな返事だけしたら後は抜けるって言ってたっスよ」
「先生誰?」
「菊池先生」
「あの人なら返事すらしなくても出席にしそうだな」
「俺もうずっとここにいちゃおうかな」
「それもどうだろうね」
「どうしてっスか?」
「先生と生徒がこんな親密って、まわりから見たらどう思われるかだよ。黄瀬くんはこんな年増なんて相手にしなくても他のピチピチギャルと仲良くやればいいじゃん」
「ピチピチギャルって」
「なによ」
「精一杯年増ぶろうとしてるっスね?」


ニコニコ笑いながら図星をつく黄瀬くんからは、今のわたしではどうやっても逃げられないらしい。まあたしかにピチピチギャルなんて今まで一回も使ったことのない言葉を使ってみたけれど、黄瀬くんのような現役高校生から見れば23歳なんて十分おばさんに入る部類だろう。いくら5つしか歳が変わらないとはいえど、この5歳は黄瀬くんが想定しているよりも大きい。
今日は雲の流れが速い。
けれど、1つだけ変わらないのは、たしかわたしが高校生だったころもこうして空を見上げるのが好きだったなあなんて、そんなことを思いだした。


「今日空すげえキレイっスねー」
「お、おんなじこと思ってたよ」
「やっぱり俺先生好きかも」
「やだ、からかわないでよ」
「からかってないって言ったら俺のこと好きになってくれる?」
「生徒としてこれ以上ないぐらい好きよ」
「男としては?」
「だからどうしたのってば黄瀬くん」
「年上好きとかじゃなくて、俺、ただ単純に先生のこと好きなんだよね」


黄瀬くんはいつもガムを持っている。そしてそれをポケットから取り出して、煙草を吸い終わったわたしにも差し出してくれた。いつも黄瀬くんからはこの香りがする。その香りがわたしからもしたりしたら、だれかに勘付かれちゃうんじゃないかと思ったけれど、それでもただの市販のガムでそこまで勘付かれたりはしないだろう。ガムを受け取るとそのまま口に放り込む。たしかわたしも高校生の頃は同じガムを持ち歩いていたなあ、なんて思いながら。


「またそうやって大人の事からかってどうするつもり?」
「別に。ただ伝えてみたかっただけっスよ」


返事はいらないから、その代わり俺の試合来週末見に来てくれない?なんて、悪魔のような囁きだった。こんな浮かれきった状態で試合なんて見に行って冷静でいられる自信もないけれど、それ以前の問題で、それならすこしでも可愛いと思われたくて、今週末何か服を買いに行こうなんて思ってしまった自分がいたあたり、もうすでに重症だ。

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