教師をはじめてこのぐらいの年齢になってくれば、教え子たちも成人して、同窓会なんかの誘いにもちらほらと誘われ始めるようになる。それだけつながりの強いクラスもそこまで多くはないが、それでも誘われれば嬉しいものである。懐かしい顔に囲まれて彼らの近況を聞ける瞬間は教師になることを選んだ自分自身の選択を誇らしく思うこともある。
だが、さすがに教え子たちに囲まれていつも通りに酒を飲むわけにはいかない。学年主任の大石先生なんかは生徒たちとの飲み会で潰れてしまうことも多々あると聞いたが、わたしは彼とは違うタイプの人間だ。きっと教え子たちだって困惑することはあっても、またかなんて笑い飛ばしてくれたりはしないに違いない。

だからというわけではないが、飲み足りない気分を晴らすために一人でバーに来るのはよくあることだ。彼らは知らないだろうが、わたしはそれなりに酒には強い。あの程度の酒ではまだまだ飲み足りないのである。


「マスター、いつものやつ」
「今日は教え子と一緒に飲むんじゃなかったんですか?」
「んー、呑んでたんだけど、足りなくって」
「もったいないですね」
「マスターの顔も見たくってさ」
「よく言いますよ」


愛想笑程度に微笑みを浮かべるマスターはわたしよりもいくらか年下だ。正確に何歳だと知っているわけではないが、おそらくわたしの教え子たちと年齢が被るような代もあるだろう。わたしもいやに歳をとったものだ。昔は若かったのに、なんて当たり前のことを考えながらウィスキーを煽る。普段若い子たちに囲まれている分、自分が歳をとっていることにはいくらか鈍感になったような気がする。

しかし、わたしもすべての同窓会に二つ返事で了解をしているわけではない。もう誘いを受け続けて数年にもなる、わたしのはじめての教え子たちの同窓会には決して足を運ばないだろう。いや、足を運べない理由がある。それはわたしが愚かだったからだ。あれほどに繋がりの強い子たちと、もう、二度と繋がれないようにしてしまったのはわたしだ。当たり前のことを守れなかった。
ぐい、とウィスキーをさらにあおる。マスターは呆れたような顔で新しいグラスにウィスキーをまたおなじように注いでくれたが、かまうものか。どうせマスターはわたしが酔いつぶれたところでタクシーで適当にわたしを家まで帰してくれる。何度か若いころはここで酔いつぶれたこともあるのだ。そのときはバイトだったマスターはわたしの住所ぐらい既に知っている。


「今日はやたらペースが速いですねえ」
「なんとなく飲んでないとやっていられない気分」
「またはじめての教え子たちから同窓会のお誘いでもきたんですか?」
「えーすごいなあ。マスター良く分かるね?」
「行ったらいいじゃないですか。同窓会ぐらい」
「行きたいけど行けない理由があるんだよ」
「その理由、教えてもらっていいですか?」
「マスターといえども教えられないなー」
「もう少し酔わせてしまいましょうか」
「あ、悪いマスターだ」
「そういえば今日は僕の友人が来るんですよ。少々騒がしいかもしれませんが、最初に謝っておきますね」
「珍しいねマスターの友達なんて」
「僕にだって友達ぐらいいますよ」
「ウソウソ、そういうことじゃなくってさ」
「でもそうですね、彼は多忙ですからここに来ること自体が珍しいですから」


そう言いながらグラスを磨くマスターの横顔はどこか嬉々としていて、きっと学生時代かなり仲の良かった友人なのだろうと思った。伊達に教師はやっていない。こういうときの素朴さがまだまだマスターも子供なのだなあと微笑ましくなる。男性だから、と区別するつもりはないが、まるで学生のようだ。うちのクラスの男子たちもたまにこういう表情をする。
そうからかってやったらマスターはどんな表情をするだろうか。すこし意地悪いが、ちょっとマスターを困らせてやろうか。そう考えていると、カランカラン、と品のいいベルの音が小気味よく響いた。それにマスターが「すこし早かったんですね」と機嫌よく声を掛ける。どうやら噂の友人の登場のようである。

わたしもすこし挨拶をしてみようかと身体をぐるりとひねり、訪問者の顔を見る。

ただ、その瞬間、見なければよかったと後悔した。


「やっほー黒子っち。結構いい店っスね」
「結構は余計ですよ」
「それに懐かしい人もいるみたいだし」
「……元気そうね?」
「先生こそ元気そうで何よりっスわ」


一緒に飲んでいい?とわたしの隣に腰掛ける青年は、かつてのわたしの教え子だ。そうして彼はわたしと同じ飲み物をマスターに頼み、テレビで見るよりも魅力的な笑みをわたしに向ける。その笑みは学生時代の面影を少しだけ残していて、無様に目をそらしてしまいたくなった。

わたしがはじめての教え子たちの同窓会に参加できないのは、彼がいるかもしれないからだ。

黄瀬涼太。
わたしの教え子で、わたしの恋人だったひと。

(15.0923)

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