学年だって違うし部活だって違うそんな俺たちが会話をする機会なんてのは委員会活動ぐらいなものだ。だというのにそんな委員会活動だってせいぜい週に1度当番で顔を合わせる程度で、それならどんな会話だっていいと思っていた。彼女と話をすることができるのなら、なんだって。けれどだからといって好きになった女の子からこんな話を聞きたいと思うほど俺は自己犠牲の強い男ではない、はずだった。


「宮地先輩は緑間くんと仲いいんですか?」


恥ずかしそうにそう問いかける彼女はきっとこれっぽっちだって俺が彼女の恋心に気付いているとは思っていないだろう。そんな気がした。まあこんなふうに照れてはにかむ彼女を見て彼女の恋心に気付かないほど疎い人間なんてのは当の本人である緑間ぐらいしかいないだろうと思うが、わざわざその核心を突いてやるほど俺は優しくできていない。
だから俺はいっそわざとらしいぐらい退屈そうに「別に仲よくねーよ」と言ってやったのだ。けれど彼女はそんな俺の一挙手一投足にぱちくりと大きな瞳をまばたきさせて、ウソばっかり、と笑うのだ。…どうやら俺も彼女と共通の話題をしようとあいつらの名前を出し過ぎたらしい。「宮地先輩が高尾くんと緑間くんが大好きだってことはみんな知ってますよ」だなんていっそ死にたくなるような噂だと思った。


「俺とあいつらが仲いいわけねーじゃねーか」
「でもいっつも一緒じゃないですか、よく見かけますよ。3人で一緒にいるところ」
「そりゃ部活も同じでレギュラーメンバーだからな。話すことぐらいはあんだろ。3年が1年の教室に行くのが物珍しく見えるだけだと思うぜ」
「そうかな。でもすこし羨ましいです。わたしは部活入ってないから」
「入ればいいじゃねーか」
「たとえば?」
「…バスケ部のマネージャーとか」
「あはは、みんなにいじめれちゃいそう」
「は?なんでだよ」
「だってカッコいい人がいっぱいいるじゃないですか。宮地先輩も人気高いんですよ。こんなふうにわたしも仲良くしてもらってるなんて知られちゃったらクラスの子たちに僻まれちゃうかも」
「アホくせ」
「女の子ってそういうものなんです」


人畜無害そうな笑みを浮かべて俺をカッコいいと褒める彼女はそれでも俺のことなんてちっとも見ようとはしない。いつだって俺の向こう側にいるあいつの姿を追いかけて、俺の些細な言葉の端っこにすらあいつを結び付けることはできないかとこちらを穿っている。その一途な瞳ばかりは煩わしいと思えた。けれどそんなふうにまっすぐあいつだけを想っている彼女のひたむきさに惹かれたのもまた事実で、我ながら本当に厄介な恋をしたと思う。緑間の恋人になどなれるはずもないだろうに彼女はそれでもあいつに声をかけることすらなく、じっと緑間を見つめている。
ああ、そんなふうに報われない恋に時間を消費するぐらいなら、俺にしておけばいいのに。俺のことを美形だと思うのなら尚更だ。それなら俺を選べばいい。そうしたら緑間のことなんか忘れさせてやるのに、なんて、言うのは簡単だった。

細い指先でなにかを書き連ねていく彼女のシャーペンを眺めながら、図書館を見回す。緑間は俺がいるときにしか図書館にはやってこない。おそらくあのコミュ障と生まれつきの高身長による威圧感のおかげで初対面の人間を怖がらせてしまうからだろうが、そんなおまえの気まぐれな来訪が俺との空間の価値を生むのだと思うと胸が痛い。俺はおまえなしでは彼女の目に映ることすらできないというのに、気楽なものだ。


「宮地さん」
「また来たのかよ、友達いねーのかおまえ」
「高尾なら置いてきたのだよ」
「また騒がれてんぞ、多分」
「放っておけばいい。それより新しい本を借りに来たのだよ」
「あーはいはい。俺はやる気ねえからこいつにやってもらえよ。貸し出しの作業。先輩使って本を借りようだなんざその姿勢がいただけねーんだよ」
「職務怠慢じゃないですか」
「轢くぞコラ」
「…ほら、緑間くん、わたしでよかったら貸し出しやるから」
「ああ、なら頼むのだよ」


つっけんどんに手渡された文庫本を受け取る彼女の手は震えているというのに、緑間は彼女の目を見ることすらしないままただただ事務的に文庫本を受け取り、いくつか俺と言葉を交わして去っていく。
ああ、面白くねえ。
俺の目の前でこいつらの関係が進展されても面白くねえが、それにしても、ここまで彼女の純粋な行為を無視するあいつの神経がどうなっているのかを覗いてみたかった。いや、あの緑間のことだから彼女の好意になどまるで気が付いてはいないのかもしれないし、ただ女子と会話をするのが面倒なだけなのかもしれないが、それにしてもあんまりではないだろうか。
たしかにあいつはキセキの世代なのかもしれないし、秀徳高校1の美形と言われるほどの面構えをしているのかもしれない。だが、だからといってそれがすべてが許される免罪符とはなりえないと思う。それに俺だって嫌なのだ。惚れた女が惚れた男に冷たくされて目を伏せているのを見たいわけがない。どうせなら笑っていてほしいのだ。その隣に俺が選ばれることがなかったとしても、である。

それでも俺は馬鹿だから、彼女の猿芝居にもう少しだけ付き合ってやることにするのだ。まるで彼女の気持ちになど気付いていない鈍感な先輩として、彼女を精一杯励ましてやる。彼女の好意を知らないからこそできる励まし方がそこにはあったのだ。だから俺はそれを必死になって手繰り寄せて、彼女に浴びせ続ける。


「あいついつもああなんだよ。女相手だと冷たいっつうかよ」
「モテるから嫌になっちゃったんじゃないですか」
「癪に障るよな。何様のつもりだっつの」
「あはは、宮地先輩だって女の子に冷たかったりするんじゃないですか?」
「あ?俺冷たくねーだろ」
「わたしは仲が良いから。宮地先輩の態度も結構塩対応だって友達言ってましたよ」
「なんで俺が神対応してやんなきゃなんねーんだよ見ず知らずの女に」
「まあそれもそうなんですけどね」
「部活の時叱っとくからよ」
「あはは、お願いします」
「あのコミュ障はどうにかなんねーのか」
「そんなの高尾くんに言ってくださいよ」
「高尾みてえになられても困る」
「それもそうかもしれないですね」
「1年は変わったやつばっかだな」
「それってわたしも?」
「おう、おまえも」
「え?なんでですか」
「おまえも変わってるよ」


緑間に惚れる時点で変わってるよ。何がどうなったって振り向いてなんかくれねえし、その気持ちが通じることもねえってのに、よくもまあ一途に緑間を好きだと思えるもんだ。尊敬すらしそうになる。それに俺の優しさを仲が良いからだなんて錯覚するあたりで、鈍感すぎる。他の女子に対する俺の対応を見ていればすぐに分かりそうなものだが、どうしたっておまえは俺の気持ちに気付くつもりはないらしい。
最初から俺と緑間は切り離されていて、俺はその隙間に介入することすらできない。あと一歩の距離を詰めるだけの勇気があっても、彼女はそれを許さないのだ。だから俺はいつまでもこのままふわふわと中途半端な距離を保ちながら、気のいい先輩なんて道化を装い続けるしかない。

トントン、とシャーペンをプリントに叩きつけながら、ゆっくりと目を閉じた。トントン、トントン。まるでメトロノームのように一定のリズムを叩きだすシャーペンは、決して彼女の注意を引かない。彼女は俺のそんなささやかな抵抗すらも軽々と飛び越えて、緑間にしかその目を向けないのだ。今だって俺の行動の理由を問いかけるでもなく、俺を見つめるでもなく、緑間が出て行ったドアの方向を眺めて唇をかみしめている。
その横顔に惚れたのだ、と思えばいい。そうしたら俺はこの恋を正当化できる。そうして彼女の恋心を何の抵抗もなく応援してやることもできただろう。けれど俺が惚れたのはこんなにも寂しそうな横顔ではない。俺が惚れたのは、俺に向けられた屈託なく笑うあどけない笑顔だった。こんな顔をさせたくて惚れたわけでは、なかった。

だから俺にしておけよと言いたい。そうしたら最初は緑間のことが忘れられなかったとしてもすぐに俺のことだけしか考えられないようにしてやる、と断言してやりたい。そうしたら彼女は消去法だとしてでも俺を選んでくれはしないだろうかとそんな夢を見ることをやめられないのだ。


「今度試合あるんですよね」
「おー、あるぜ」
「応援行っていいですか」
「俺の応援するってんならな」
「当たり前ですよ、するに決まってるじゃないですか!」


ならレモンのはちみつ漬けたくさん作って応援に行きますね、だなんて言ってくれる彼女は、きっと俺ではない誰かを応援して俺ではない誰かに食べてもらいたくてレモンのはちみつ漬けを作ってくるのだろう。
俺の応援じゃ足りない。
俺だけの応援をしてくれないと、足りない。
そんな言葉は喉の奥でカサカサに乾いて、とうとう唇から洩れることはなかった。

(14.0924)

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