一緒に帰ろうと誘っても「部活忙しいんじゃない」と俺を心配しているのかそれとも拒否しているのか分からないぐらい冷たい声色で応えるし、たまにオフなんかがあって一緒に過ごしていても彼女から甘えてくることはおろか「次の試験赤点取ったら部活できなくなるんじゃないの。あんた文系苦手なんでしょ。見てあげるから」なんてまるで教師でも相手にしているかのような口調で俺を言いくるめてくる。たしかに告白したのは俺からだが、オッケーしてくれたのは彼女だ。それなら少しぐらいは俺のことを好きなのだと思いたいが、それでも時々、こいつは何で俺と付き合ってるんだろうと思う時がある。


「なまえちゃんってさ、俺のこと好きなんだよね」
「嫌いじゃないから一緒にいるんじゃないの」
「でもそれが好きだってことにイコールで繋がるわけじゃねえよな」
「なに、あんたわたしに好きって言ってほしいの」
「うん」
「好きよ。一応」


一応って何だよ、と問い返してやりたかったけれど、彼女の横顔はそれを許してはいなかった。だから俺は仕方なく口を閉ざす。これ以上面倒なことを口にして彼女の機嫌を損ねるのだけは避けたかったのだ。まったく、これで恋人同士だなんて誰が信じるだろう。俺はいつも彼女の顔色を伺ってばかりで、嫌われないように必死に取り繕い続けている。もしこれを真ちゃんあたりに相談なんかした日には、即刻別れろと助言されるだろうに違いない。だが、それでも俺は彼女と一緒にいたいのだ。彼女の凛とした立ち姿に惚れて、まっすぐな言葉と他とは違うオーラに心底憧れている。そんな彼女に一度認められてしまったら、この場から立ち去ることなんてできるはずもなかった。
けれどやはり俺はただの馬鹿な男だから、彼女に愛されていると思いたいのだ。そしてそれを信じたい。けれど、こちらをちらりとも見ないまま読書にふける彼女の目には俺に対する情はあっても、熱は見受けられない。

しかし彼女は俺の何かを見初めて隣にいることを許してくれたのだろう。ならばそれが何かは分からないが、その部分をすこしでも彼女に多く知ってほしい。そして俺のことを同じように好きになって欲しい。そんな気持ちで彼女の空いている手の上に俺の手を重ねたのだが、彼女は煩わしそうに人差し指を持ち上げはしたものの、俺の手を払いのけるようなことはしなかった。


「今日はえらく甘えたいのね」
「俺結構甘えたいタイプだから。なまえちゃんはそういうの嫌い?」
「さあ。わたし誰とも付き合ったことないから」
「じゃあ俺が初めての彼氏なわけだ」
「そういうことになるね」
「なんか希望とかある?こういうデートしてみたいとかさ、そういうの俺全力で頑張るぜ。さすがに車出したりとかはまだ無理だけど」
「高尾、悪いんだけど本の続きが気になるの」
「……そっかあ」


なんで俺と一緒にいるときにまで本を読んでいるのか、なんて、聞きたくても聞けない。それで彼女を怒らせたくないから。彼女にいなくなってほしくないから。ああ、俺はいつの間にこんなにもみっともない情けない男になってしまったのだろうか。中学時代付き合っていた彼女とこんな会話なんてしたことがない。どちらかというと俺の元カノたちはみんな甘えたがりで、俺とあんなことがしたいこんなことがしたいとリクエストばかり俺に持ちかけていたぐらいだというのに。
だが、それは彼女たちが本当に俺のことを好きでいてくれたからなのだろう。付き合ってほしい、と言ってくれたのはいつだって彼女たちだったし、そんな彼女たちだからこそ月えたら俺としたいこととやらが山のようにあったのだ。今の俺と、まるっきり同じように。だとしたら彼女はかつての俺と同じなのか。そう思いはしたが、それでもかつての俺だってもうすこしぐらいは彼女たちのことを好きだったはずだ。

そうだ、彼女は俺に関心などないのだ。多少の情ぐらいはあるかもしれないが、俺に対する情なんてのは今読みかけの小説よりも薄い関心しか引くことができない。

けれど、たったそれだけの情だけで、付き合っていると言えるほどの強固な関係性を結ぶことは可能なのだろうか。彼女は何を思って俺と一緒にいてくれているのか。いくら考えたって分からないくせに、考えるのをやめられない。そろそろ泥沼にはまりそうだ。


「…大人しくなったね」
「なまえちゃんの読書の邪魔したくねえから」
「いい子だよ」
「…こんな言葉で嬉しくなっちまうなんて、俺、どうかしてんのかな」
「いいじゃない。好きなひとに褒められたら誰だって嬉しいもんなんじゃないの」
「…まるで他人みたいな言い方すんじゃん」
「他人じゃなくて、わたしたちって恋人同士なんじゃなかったの」
「…そうだな、俺たちは恋人だもんな」
「馬鹿な高尾」


クスクス笑いながら俺の手の甲を撫でる彼女の指先は、いくらだって俺を誑かしては引き戻す。そしてやっぱり俺は彼女の言うとおり馬鹿だから、たったこれだけ甘やかされただけで彼女から蜜を与えられたような気分になって舞い上がってしまうのだ。
ろくに好きだと言われたこともない。
デートもほとんどしたことがない。
それでも俺たちは恋人同士で、俺が甘えて顔をしかめることはあっても、彼女は俺の気持ちまでは煩わしいとは言わない。ならもうそれだけで十分だ。俺は彼女の傍にいられたら、もう、なんだっていい。第三者が俺たちの関係を間違っていると言っても、俺を可哀想だと同情してくれても、きっと、もうここまできたら俺が何を選ぶかだ。愛されたいなら彼女以外の誰かを選べばいい。


「俺にはなまえちゃんだけだよ」
「わたしにもそうであってほしいの?」
「希望はね。けど別にどうだっていいんだ。俺はなまえちゃんと一緒にいられたらそれでいい。俺にとってはなまえちゃんしかいなくても、なまえちゃんには俺だけじゃねえってこと、ちゃんと分かってるつもりだぜ」


この言葉は情けない俺の精一杯の強がりだった。そんなことはない、と彼女に打ち消してほしい言葉ばかりを並べた俺のみっともない言葉たちは、彼女に無事届いて、そしてまるでちいさくなったキャンディを奥歯で噛み砕くかのような手軽さで捨てられる。


「あっそ。いいんじゃない、ならそういうことで」


もう何が正解かもわからない。ただ、彼女から切り捨てられたくない。だから俺は笑うのだ。精一杯、楽しそうに笑う。かつて彼女が「高尾の笑顔っていいよね」と言ってくれたそのかつての俺の姿を何があったって守り通すのだ。そうすれば彼女はきっと、また俺の笑顔を褒めてくれる。それだけを信じて明るい高尾和成を演じきる俺の心はすでに限界に近付いているけれど、見て見ぬふりをするぐらいは馬鹿にだってできるのだ。

なあ、俺が付き合ってほしいと言ったとき、おまえは特に考える様子も見せないで頷いてくれたけど、俺じゃなくてもおまえは頷いたのかな。付き合うってことがどういうことなのか、ただおまえは知りたかっただけなのかな。でも、それでもいいよ。俺を選んでくれた。手を繋ぐことはできないけれど、おまえにすこしだけ触れることができる。それだけで俺はもう十分すぎるぐらい幸せだから。

(14.0928)
無関心に近いクール系女子…って思いながら書いたらほんとに高尾が不憫になってしまいました…。どういう神経してんだろうこの子…って思いながら書きましたが、犯人はわたしですね(笑)もしお気に召しませんでしたらメールにてご一報いただけますと幸いです!素敵なリクエストありがとうございました!

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