バスケ部の男の子って大人びててかっこいいよね、なんてクラスの女の子たちが顔を赤くさせながら騒いでいたが、そんなものはどうしてそうなったのかと小一時間問い詰めたくなるような幻想だ。そしてかわいそうだから目を覚ませ、と2発ぐらい彼女たちの頬を張ったって、彼女たちに恨まれることはあるかもしれないが最終的には感謝されてもいいぐらいだと思う。たしかにあいつらは中学生離れした体格をしていたり顔がやたらと整っていたりと、夢を抱かれやすい姿かたちをしているかもしれない。だが、身体ばかりが大人だからこそ、子供っぽさが余計に目につくのだ。
この間だって青峰がロッカーにエロ本を隠し持っているのが赤司にバレて必死の形相で体育館を逃げ回っていたりしたし、ロッカーのゴミ箱は紫原の食べ漁ったお菓子のゴミで常にいっぱいだし、黄瀬は黄瀬で何を色づいているのか知らないが制汗剤や香水なんかを使用するからロッカーをいつも爽やかな香りで充満させて、そういった匂いが苦手な緑間に延々ボールを投げつけられていたし、おそらくバスケ部内で本当に大人なのは黒子くらいなものだろう。あの赤司だって緑間の暴走のときには面白がって一緒になって黄瀬にボールを投げつけていて、事態の収拾をつけるのが本当に大変だった。

けれどそんなことなど露ほども知らない彼女たちはさらに言葉を続ける。
「赤司くんがいるし、きっとルールもしっかりしてて、クールな集団って感じなんだろうなあ。バスケ部って」

これを聞いた時には笑いすぎて腹がよじれるかと思ったが、たしかにバスケ部にはルールがある。そう、赤司という名のルールブックが。ただそのルールブックが適正な法のもと作られているかと言えば、それは定かではない。そのときの赤司の気分しだいによって変わる世にも恐ろしいルールブックだ。ぶっちゃけきちんとしたものであるならば恐怖政治によってまっとうな道を歩かされている方がいくらかマシである。


「プール掃除をしよう」
「正気か」


思わずそんな言葉が出てしまったのは何もわたしが悪いわけではないだろう。緑間だって丁寧に巻いていたテーピングを落としてしまいコロコロと転がっているにもかかわらず拾い上げるのを忘れて口を大きく開けたまま固まっている状態だし、さっきまでエロ本をなんとかして黄瀬に見せようとしていた青峰も赤司からそのエロ本を隠そうとすることすらしないでいる。
まあそのエロ本はすぐさま赤司の手によって破られてしまったのが、同情の余地はない。わたしはともかく他にもさつきちゃんを含め他にもたくさんの女子マネージャーの存在もあることだし、そろそろやめてもらわなければ困る。


「…赤司くん、プール掃除っていうのはもうすこしあったかくなってきてからやるものなんじゃないんですか」
「そうだな黒子。それは教師にも言われたよ」
「教師に言われたなら何でそれをやろうと思ったのだよ」
「そうっスよ、あんなのは授業でやることじゃないっスか!」
「たしかに俺らがやることじゃねーし、俺あんまりやりたくないなー」
「そこをあえてやるのが楽しいんじゃないか」
「いまが3月でなければもう少し返答も違ってきたかもしれませんがね」


はあ、と溜息を吐く黒子の意見はもっともだ。誰も3月も半ばに入ろうかという時期にプール掃除なんてしたくない。たしかに今が初夏で少し熱くなり始めたころなら、面倒くさがりながらもわたしたちだってそれなりに楽しくプール掃除をしようとしただろう。だが、どうしてわざわざこのクソ寒い中冷水で必死にプールをこすらなければならないのか。それにうちのプールはやたらめったらと大きいのだ。そこらの公立校のプールを磨くのとはわけが違う。
しかし赤司はもはや譲る気などないらしい。まあたしかに赤司がこの話を持ってきた時点でわたしたちの意見など聞き入れてくれるわけがないと諦めはついていたものの、それでもいくらか抗いたくなる気持ちも分かって欲しい。誰だってこの時期に風邪はひきたくないのだ。それに風邪をひいたところで休ませてくれるほど赤司が生易しい男であるはずがないことも痛いぐらい理解している。きっと放課後になれば携帯で「今すぐ学校に来い。もう休んだだろう」なんて言いだすに決まっている。
気が付けばわたしたちは抵抗も空しく、いそいそをウィンドブレーカーなんかをロッカールームから引っ張り出してきていた。悲しくなってくるが、どうやってもわたしたちは赤司というルールブックに逆らうことはできないのである。


「でもとりあえず理由ぐらいは聞いてもいいよね」
「そのぐらいは僕たちにだって権利があるでしょう」
「そうなのだよ。この寒い中プール掃除をさせられるなど、確実に風邪を引くのだよ。それがなまえはともかく桃井のようなか弱い女なら尚更だ」
「おい、なんでわたしを除外したこのメガネ」
「おまえはインフルエンザで学級封鎖になってもインフルエンザにならなかったではないか」
「青峰もならなかったでしょうが!」
「あいつは馬鹿なのだよ。おまえも馬鹿だが」
「まあなまえちんは頭弱いよね〜」
「おまえも敵か紫原」
「馬鹿な子ほどかわいいっていうじゃん〜。俺は思ってないけど」
「最後までフォローしてよ!」
「なまえっちにフォローしたところでしょうがねえっスよ。どうせならもっとかわいい子擁護したいじゃねえっスか」
「この野郎」
「さあ、おしゃべりはそのぐらいでいいか?」
「いや、理由を言ってくださいよ」
「俺の言うことがすべてだろう?」
「絶対赤司くんって前世ヒトラーですよね」


マフラーで顔の下半分まで覆い隠した黒子がおそらく1番初めに風邪を引くだろうからか、その言葉にはかなりの棘が含まれていたが、前世ヒトラーの暴君には一切その言葉は届かないらしい。まあ、こちらもそこまでこちら側の不平不満が聞き入れられると期待はしていない。最初からいつ覚悟を決めるかという話なのだ。
しかし赤司はいそいそと準備を済ますわたしたちに向かって「ああ、桃井は風邪を引くといけないから今日は家に帰したよ」なんてぬけぬけと抜かすものだから、わたしも帰ってやろうかと思ったのだが、どうやらわたしは赤司の中でプール磨き要員らしい。なぜだ。その扱いの差はなんなんだ。胸がないから女として認められないのか。絶対大人になったらシリコンでもなんでも詰めてやる。

そしてわたしよりもいくらか早く準備を終えた彼らと共にプールへと向かう道中わたしの頭の中ではドナドナが物悲しく鳴り響いてはいたが、わたしは決して少女マンガのヒロインでもなんでもない。こんな不遇な境遇にいるわたしを救いだしてくれるような神様はいなかったし、あっという間に自分の脚でプールまでたどり着いてしまった。

すると赤司はベンチコートまで用意してわたしたちにモップとブラシと洗剤を手渡し、自分は悠々とベンチに腰を掛けたではないか。
我慢できずに赤司の足元にクレンザーをぶちまけた。

しかしその次の瞬間には赤司に首を握りきられるのではないかと思うほど強く抑え込まれたから、慣れない反逆はするものではない。結局わたしはおめおめと彼らのもとに戻り、彼らの下手な慰めを受ける羽目になった。


「さあおまえたち、しっかり磨き上げろよ」
「適当でいいだろこんなもん。どうせすぐ使うわけでもねえんだからよ」
「その考えが甘いんだ青峰。おまえは考えたことがあるのか?授業で入らなければならないプールがいつからいつまで磨かれていないものなのか。それまでの間にどれだけの雨水風にさらされてきたのか。そしてそのプールをどれだけ本気でやつらが授業で磨いているのか。俺は正直プールサイドにも座りたくないんだよ」
「最初から最後までただのおまえの我儘なのだよ!」
「たしかに嫌かなって思うときはあるっスけど、慣れじゃないスか!それに俺はどちらかというと女子の日焼け止めが浮いてる方が嫌っスよ!」
「水は定期的に入れ替えさせればいい。ただ女子の日焼け止めは不愉快だな。俺のクラスでは徹底して塗らせないようにしている」
「クラスでも暴君なんですね赤司くんは」
「何か言ったか黒子」
「いいえ何でもないです」


このときほど赤司と同じクラスでなくてよかったと思ったことはない。プールの授業で日焼け止めを塗らないだなんて、考えただけでもぞっとする光景である。哀れなり赤司のクラスメイトたち。相手が赤司でさえなければ抗議もできただろうに、相手が赤司であれば話はまるっきり別だ。万が一の場合の父親の仕事の心配をしながら喧嘩など売れるはずもない。

しかし寒い。。というかもはや痛い。ヒートテックをありったけ着てきたとはいえども、そんなものにたいして防御力はない。こころなしか頭も痛くなってきた気がする。今まで水泳の授業は好きなほうだったけれど、これからは見方が変わりそうだ。
しかし思っていることはまわりも同じらしい。しかも赤司はプールをこすってすらいないのだ。あそこで悠々自適にあたたかいコーヒーを飲みながらわたしたちを見下ろしている赤司に一発見舞えるというのなら、わたしは今すぐプールサイドにあがってこのブラシで渾身の一撃をあの脳天のくらわしてやるというのに、世界は酷だ。


「さっむ!!!!」
「もうブラシこする元気なんかないよね」
「誰かホース持って来いよ。上から流して終わろうぜ」
「そんなことをしたところで赤司が納得するはずがないのだよ」
「しりとりでもします?」
「じゃあ、しりとりのり?」
「りんごジュース〜」
「ココア飲みたい…あったかいの…」
「ダメだ」
「どうしたんですか?」
「青峰が黄瀬と石鹸ホッケーしはじめた」
「誰か止めてくれませんかね」
「ダメだ、紫原まで乱入した」
「かなり白熱してますね」
「止めてくれるかなと思ってたストッパー緑間まで凄まじいキレで参入しやがった」
「もう取り返しがつきませんね…」


がっかりする黒子にはあのホッケーに混ざるような体力的余裕はないようである。哀れなほどぐったりしながらも、赤司に練習メニューを増やされたくないのか黒子は一生懸命にプールを磨いている。不憫だ。あまりにも不憫すぎる。というかなんであいつらはこの気温の中あんなに元気なんだ。いや、むしろ動かないと体が冷えるだとかそういった感覚なのだろうか。だとしてもわたしはやりたくない。

しかし、黒子と2人で必死になって磨いたところで、プール磨きは終わらない。それに残りのメンバーが石鹸で遊んでいる間に終わってしまって「あ、もう終わったんスか?なら帰ろ!」なんて言われた瞬間には、モデルの顔面に向かってモップをフルスイングするぐらいじゃ済まないかもしれない。
しかしわたし以上に黒子の方が鬱憤がたまっていたらしい。そりゃあそうだろう、誰よりも体力がないのに部活の後にこんなことをさせられているのだ。黙って磨いていたとはいえ、誰よりもつらかったろうし、腹も立っただろう。だからいつのまにか消えていた黒子が抱えながら持ってきたものに関して、わたしはニヤニヤしながらも何も言わなかった。それに赤司も何も言わなかった。だからオッケーだ。

それどころか水道栓を全開まで捻ったのは赤司だった。


「つ、っっめてぇぇぇ!!!!」
「ちょ、やべーってテツ!!これは死ぬ!!」
「黒ちんやめてよ!!」
「黒子!!!」
「僕たちが!一生懸命!磨いているのに!きみたちは!!!!!きみたちなんてホースから大量に水を浴びて凍えながら磨けばいいんですよ!!!!!」


その後プールには男たちの逃げ惑う声が響き渡り、黒子のホースでの水かけはよっぽど気に入らなかったのか30分にも及ぶほど続けられた結果4人ほど風邪で次の日欠席する羽目になったが、それでも赤司も楽しそうだったから結局その場は解散となったのである。思い返してみれば理不尽な要求だと腹が立った掃除ではあったが、珍しく黒子が声を荒げるところが見れたし、逃げ惑う大男たちの姿は爆笑ものだったし、楽しかったと言えなくもない。

だがまあ、正直もう次3月にプール掃除をやると言われてもわたしは絶対にやらないけど。

(15.0720)

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -